ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以前 塩野七生 新潮社
“ローマ人の物語”が書かれ始めたのが92年、この名作もついに2011年15巻完結、2017年から引き続きアレクサンダー等ギリシャ人の物語全四巻も書き終えられました。
なかでも共和制の幕を引き、かのローマ帝国への道を開き、ヨーロッパ世界を創出したカエサルの章は圧巻です。
ご自身が書かれたダイジェスト版“痛快ローマ学”で塩野さんは“指導者に求められる5つの資質”として知力・説得力・肉体上の耐久力・自己制御力・持続する意志を挙げ、このカエサルに全ての面で100点満点を献上しておられます。
塩野さんは1937年生まれ、今年2024年87才だそうですが、史上最高の英雄カエサルを描く筆致には、まさに瑞々しい恋慕の情さえ感じられ なんとも微笑ましい気が致します。
メインテーマー、ルビコン以前は祖国ローマーを守ってのガリア、ゲルマンとの闘い、ルビコン以降は共和制に固執する元老院勢力との闘いですが、私が“女たらしの借金王”としてのカエサルにも特に引かれたのは“平和惚け”故でしょうか。
貧乏貴族の青春、同僚貴族の妻子を次々とモノにしてはの別れ。別れた彼女から決して恨まれたり憎まれたりした事は無かったそうです。カエサルの“優しさ”に通ずる“心理洞察力”の大きさにほとほと感心させられます。
闘いに於いても“心理”を最も重視するカエサルは兵站と工作を重んじ戦士の士気を最も重視する事は勿論、敵に“逃げ道”を与えローマ市民権を与え彼の家名ユリウスさえ与えます。
“寛容”と言うより、全ての人民を彼のめざすコスモポリス(世界国家)構築に巻き込むのです。
属州民の征服は、属州をローマ化する事で成し遂げる戦略、元老院議員を増やす事で逆にその勢力弱体化を図る戦略は、青年期海賊に捕獲された際“俺を誰だと思っているのか”と一喝、逆に自分の身代金を自らつり上げる事で窮地を脱したり、借金を際限なく大きくして自分の立場を強める事で返済を免れた戦略に通じます。
物事を深い心理洞察力、多面的複眼で捉えながら、何者も決して恐れることなく実行に突き進むカエサル。
かって“劇場政治”家にして読書家の小泉首相も塩野さんの畢生の名作“ローマ人の物語”を手に取られ感動、英雄カエサルの戦略・戦術を 我が物にされたかったのでは無いでしょうか。
それ程に この本に書かれている内容は現代に通ずるものが有ります。
当時の元老院“共和制”との闘いは優柔不断で保身に汲々とする“官僚”との闘いと申せます。ある時は心情に訴え、ある時は強気の恐喝。小泉首相の“官界”リストラに賭ける信念と自信のエネルギーもひょっとしてカエサルにならったモノかも知れません。
しかし 塩野さんも言っておられます。闘いの最終的勝敗を決するものは やはり古今東西、指導者の“人望”に尽きるようでは有ります。
“司令官に求められるのは戦略的思考だけではない。待つのは死であるかもしれない戦場に兵士達を従えて行くことの出来る人間的魅力であり人望である”
人望とは“人に寄せる心”である。支配される者への“優しさ”こそが支配者への“人望”を形作るように思います。