心理学者 エーリヒ・フロム (Erich Fromm)
広い意味では、すべての神経症は疎外の結果であると考えることができる。つまり、ひとつの情熱が全人格の中で優勢となって分離せられ、その人を支配するようになるのが神経症の特徴だからである。

神経症的な成人の患者は、疎外された人間存在なのであって、自分自身で、行為や体験の主体や、創作者としての体験をしえないので、健康ではないと感じ、 恐れ、内気になっている人間なのである。つまりその人は、疎外されているために神経症的になっているのである。だから内的空虚感や無力感を克服しようとし て、愛や知能や勇気など、その人間的特性のすべてを投影する対象を選ぶのである。

神経症的人間とは、疎外された人間である。彼の行為は自分自身のものではない。つまり、彼は自分ののぞむことをしているのだと錯覚しているが、その背後 ではたらく自我から離れた力に駆り立てられている。ちょうど彼の仲間の人間が彼にとって他人であるのと同じように、彼は、自分自身にとっても他人なのだ。 彼は、他人をも、自分をも、本当にあるがままに経験するのではなくて、彼らのうちではたらく無意識の力によってゆがめられたものとして経験する。狂気の人 間は、完全に疎外された人間である。つまり、彼自身の経験の中心である自分を完全に失ってしまっているのであり、自我の感覚を失ってしまっているのだ.。

疎外とは、人間が自分自身を例外者として経験する経験様式を意味する。人間は自分自身を世界の中心だとか自分の行為の創造者として経験するのではなくて、彼の行為とその結果が主人公となり、人間はこれに服従するか、それを崇拝しかねないことになる。

  不安であることを素直に表現できないと死を思い浮かべる癖がつく、その癖が自分が鬱だと信じ込ませてる、癖に支配される抑うつ感は永遠に許されない苦しさ で言葉を選び間違う、そうして己も他人も引き込んでしまうことになる、引き込まれたくない人は死ねといい、引き込まれた人は言葉に困りながらいずれ冷たく 去っていく、どちらにしても互いに拒絶を経験して心は前よりもずっと重たくなっていく、不安に取り付かれたら底無しの世界が待っている、これが善悪に見え ているものの正体でもある、不安なく過ごすにはどうすればいいのかわかったとしても、大人はそれを素直に表現することは許されない、大人が持ってし まった病的な心の不安を取り除くのは不可能に近いが、奇跡を信じて己の立場や過去を越えて考えていくだけの価値はあると思う、いかなる死を選ばせない為の ヒントぐらいはあると思う。

インターネットの中で自問自答を続けている人は数多くいます、有名な巨大掲示板から小さな個人サイトに至るまで、多くの人が自己という得体の知れないものの中に迷い込んでしまってます。

 「不良になるかもしれない」、「死んでしまいたい」、「自分も社会的に危険な過ちを犯すかすかもしれない・・・」

 とにかく周りも、自分自身も、いったいどうなっているのかわからない、鬱な悲しみと寂しさがそこにはあります、心の問題の根は善悪ではありません。

 いったい何が・・・、なんでだろう?、ここから抜け出せないのだろうかと、心の中の自分や他人に苛まれ続けてる事が治癒の為の模索なのか、それとも単なる 逃げなのか、答えを見つけられずに独り悶々とした状態のままで、大切な日々を長々と送ってしまっていては・・・、いけないですよね。 心の問題の多くが自 己愛のバランスを崩した「心の風邪」です、こじらせないようになんとかすることが答えみたいです。

心に悩み出すと他人の心にも悩んでしまいます、普通でありたい同じでありたいと願ってしまい、何が正しくて正しくないのかを区別しないと居たたまれなく なっていきます、不安定になって同じ心境を他人に告げて追い求めたりしても、傷という観念を共有して互いに深く沈み込んでしまったり、または突然強く反発 し合って互いを罵倒し憎みし合ったりします。

しかし実は、どちらの場合でも「引き込む」という意味では同じものだったのです、自分でもよくわからないか ら、誰かにわかっていてもらいたい、未熟すぎて表現できなかった複雑な感覚が後になって形を変えて出てしまう、見分け難い心もあります、そこにある痒い所 がとても気になるから掻きむしって腫れ上がらせてしまいます、だから互いに気を遣い、どこかで離れてしまいます、こうした問題を抱えると悪循環になってし まうのです。
 
愛した人愛された人、嫌った人嫌われた人、誰からも愛されな かった人、自分さえ愛せずに愛を信じなくなった人、そうした様々な恥ずかしい気持ちが心に淀みを作ってしまい、うまく生きられない苛立ちと不安が膨張して 逃避の誘惑の中に入り込んでしまいそうになるけど、本当の心の解決は、その流れていく方向には決して存在していません。

生きてきた道の途中で、もっと早くバランスに気づいて防ぐことができたなら・・・、悩んだ多くの人達は連鎖から抜け出す次の世代のことを考え始めていました、優しさを信じる気持ちさえどこかにあれば、いつかまた笑顔を向けられると思います。

/我々の意識が未来を変える。
なぜなら我々が未来をどう見るかはわれわれの意識次第だからだ。
ユージン・ウィグナー博士(Eugene Wigner 1902〜1995) /

心を重たくしなくても大丈夫だよね、優しく共に生きよう。 ごめんね



☆リンク☆ 厚生労働省メンタルヘルス ☆リンク☆
みんなの心リンク: UTU−NET