クラシック、ジャズ、ロック、レゲエ、ファンク、演歌などいろんなジャンルがありますが、あなたは何がお好きですか?
音楽の3要素と言われているのが "RHYTHM" "MELODY" "HARMONY" です。 これらのどれを主な要素にするかで音楽のジャンルも決まってくるのです。私はこの "RHYTHM" を中心とした音楽が好きなのでそれに焦点をあてて話を進めてみましょう。
さて、ではちょっと歴史についてちょっと触れてみましょう。
クラシック音楽は"RHYTHM"をあまり重要としないジャンルにあたります。もちろん、クラシックの歴史の中でも 一定のリズム が基本となる時期やそうでない時期があるんですが。(バッハなどの時期は一定のリズムを基本としていますが、ショパンの時期になるともう一定のリズムは刻まれないですよね。わざと遅らせたりして情緒的な雰囲気をだそうとするのです) 私は他のジャンルに比べるとクラシックはグルーブ感はないと感じます。 私はクラシックも好きなんですがそのときはメロディーとハーモニーを主に聴いていますね。
ヨーロッパの音楽はもともと教会かまたは特別行事に用いられるもので、打楽器の伴奏などはなくメロディーだけで音楽がなりたっています。 よって打楽器よりもメロディー楽器が発達するのです。
それに対してアフリカの音楽はリズムが音楽の基本になります。叩いて音が鳴ればそれは楽器なのです。リズムが刻まれれば音楽が成り立ち、メロディーを付けたければリズムにあわせて歌うのです。音楽は日常のいろいろな行事でもちいられそれぞれの感情表現の道具とされていたのです。黒人のリズム感のよさは、生活の一部としてリズム中心の音楽があったからなのです。
アフリカの奴隷がアメリカに送られたときはじめてこのヨーロッパの音楽とアフリカの音楽が出会うわけです。その後お互いが影響しあってアメリカ音楽、いわゆるブルースやジャズ、果てにはロックなどが生まれるわけです。
グルーブとは何? んん。この定義はかなり難しいものです。まあいってみれば「のり」でしょうか?それぞれの曲はそれぞれのグルーブをもっています。それは、楽譜で表されるようなものではありません。まして、コンピュータで表現できるようなものでもありません。(打ち込み音楽は別ですが) 音と音の微妙な間隔でグルーブが生まれるのです。
私がアメリカで音楽を勉強していたときの授業で "FUNK" というジャンルの授業がありました。ジャズ、フュージョンなどハーモニーや即興の授業とは違って「のり」を重視する授業です。 クラシックやロックをやっている人たちはこのファンク音楽をばかにします。その理由は譜面に落としてみるととても単純だからです。「ファンク音楽は2小節を永遠に繰り返すだけさ」と言う人もいます。しかしそんな単純なものだったらプロの音楽家を目指す生徒相手に開講するわけがありません。ファンクの授業の中でこんなものがありました。
クラシック音楽だけをやっている人や、速弾き命の人たちは見向きもせず「こんなのあほらしい」といって何の準備もせずに授業にのぞむのです。しかしグルーブ派の私たちはこの4分音符4つの小節を真剣に考えます。もちろん、譜面の分析などはしませんが、この単純な小節をどう演奏するかを考えるのです。どうすれば聴き手が楽しんでくれるのか、どう演奏すれば聴き手が踊り出さずにいられなくなるかを。そして授業当日、音楽のプロを目指しているみんなが集まって演奏するのですがこれがおもしろいんですよ。これが演奏なの?と疑ってしまうほど下手くそ。とくにクラシックだけをやっている人や速弾き命の人はこの4分音符4つの演奏で先生たちにさんざんばかにされて帰っていきます。ここで興味のない人は二度とこの授業にはこないのですが(確かにこんなに単純な楽譜を演奏できないと非難されたら音大生として生きている心地がしないでしょうね。)リズムだけでこんなにも演奏が違ってくるのかと感銘を受けた生徒がグルーブを真剣に考えるようになるのです。「ジェームスブラウンみたいにメインとブリッジあわせて4小節しかないあほ音楽はできるか」と言っていた人も「あ の4小節を続けられるような演奏ができるとプロになれるんだ」と解るのです。
演奏に休むところなど存在しません。もし休んでいたらあなたは演奏にはもう加われません。戻ったときに壊してしまうからです。もし休符で音を出していなくても「休符を演奏」していないと聴いている人には何も伝わらないでしょうね。
ちょっと古いアルバムですが、1961年7月6日に2つのジャズオーケストラ
"Duke Ellington Orchestra" "Count Basie Orchestra"
によって録音された "The Count meets The Duke, First Time" というアルバムがあります。 このアルバムは有名な2つのバンドが一緒に演奏をおこなっているおもしろく大変貴重なアルバムです。ここに、おなじジャズというジャンルの中でも音楽の要素の捉え方の違いを聴くことができます。左側がカウントベイシー、右側がデュークエリントンのバンドです。一曲目の
"BATTLE ROYAL" (私にとってはバトルではなく違いがよく解る教則CD)アップテンポでリズム中心の曲です。 45秒のところのトランペットを聴いてみましょう。右側エリントンバンドは締めがビローンとのびているのに対し左側ベイシーバンドのペットはビシッと切っています。どちらがお好きですか?私はカウントベイシーですね。(エリントン側が好きな人はそれでいいのです。それぞれの感覚で音を楽しみましょうね。)それぞれのソロにもその特徴がでています。エリントンバンドはメロディー(ハーモニー)を意識したソロになっているのでいわゆる不協音もたびたびあらわれるが(不協音が悪いと言う意味ではなくハーモニーにおける緊張と解放を楽しむ)、その代わりに音を切るメリハリに欠けています。私にはだらだらと聞こえてなりません。ベイシー側はメロディーで不協音はあまり出てこないのでハーモニー的には単純なのですが音の切れが違います。ビシビシとした演奏です。 結局ソロは極端に言うと2つの音(いや一つ)だけでかっこいいソロが弾けるわけです。大事なのは音と音の間隔、隙間がグルーブを生み出し聴き手を圧倒させられるのです。では、最後の
ドラムソロを聴いてみましょう。エリントンは完全にリズムを無視して、ドラムのピッチを変えたりしています。(オーイ、リズムはどこへいったんだ?) ベイシー側はどうでしょう?やっぱりリズム命って感じですよね。
私が音楽に要求するものはリズムです。音の始まりと音の切れが何よりも大事です。ハーモニーはその次の要素なのです。
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