烏龍茶を日本の茶館や茶荘で飲む場合、店毎にいろいろな「飲ませ方」があり、それによっては面食らったり、「イメージと違う。」、「いつもと違う。」等の印象を受け、リラックスして楽しめなかったりすることがあります。

 中国茶の本も今は多数出版されていますが、その基本たる「烏龍茶の飲み方」に関して、茶葉の量や洗茶の有無、聞香杯の使用の有無等、本によっていろいろ異なり、混乱しているような印象を受けます。

 それを「大陸系」と「台湾系」の飲み方という観点から整理してみましょう。


 1、台湾系

 凍頂烏龍茶、高山茶に代表される台湾の烏龍茶は、紅茶的な味わいを持つ東方美人茶を除き、発酵度が低く、緑色をしており、清涼感を感じさせる軽いものが多いです。
 また製造法として揉捻をしっかり行いますので、茶葉の形状としては、ころころした粒状になっています。

 この台湾烏龍茶の淹れ方としては、近年、考え方がだいぶ一般的に浸透してきた「工夫茶」、「茶藝」がありますが、この方式は形式として固まってからはまだ20〜30年しか経っておらず、聞香杯に至っては考えられてからまだ10年足らずしか経っていません。ですから、数十年前に中国から日本に来られたり、最近の流行を知らない大陸の中国人の方は、工夫茶のやり方や聞香杯を知らない方が多いわけです。

 この「工夫茶」の淹れ方によると、
  • 茶葉は茶壷の底が隠れる程度入れる。
  • 洗茶は茶葉の品質が良いことから行わない。
  • 聞香杯を使って1煎目は香りを楽しむ。
  • 抽出時間は一例として、1煎目が1分、その後、20秒、もしくは30秒増しで抽出時間を増やしながら、 茶葉によっては、7、8煎目まで楽しむ。
という方法です。

 この「工夫茶」の醍醐味は、1煎目は香りを楽しみ、2、3煎目で味のピークを迎え、その後、甘味、渋味、旨味、それらの味があるものは薄れ、あるものは残っていく変化のグラディエーションを楽しんでいくという「繊細」な楽しみ方にあります。茶葉に揉捻が十分に施されているが故に、それが徐々に開いていく過程で味の変化が起って行くわけです。

 その繊細さを味わうが故に「禁煙」になっている茶館もあります。確かに、この繊細な部分を楽しもうとすると、周りにタバコの煙が充満している状態だったり、タバコによって味覚や嗅覚が鈍くなっている方にとってはその違い、良さ、美味さがわからないことも多いでしょう。

 この「工夫茶」のやり方は、基本的に茶葉の品質が一定以上良いという前提で行われます。
手摘みに近い茶葉が十分に揉捻されてしっかりと製茶されたもののみが、この「工夫茶」の淹れ方に耐えることができるのです。

 茶葉の品質が悪いもの(茶葉が切れ切れになっている。揉捻が十分でない。)を、この「工夫茶」の淹れ方で飲むと、
  • 香りがたたない。
  • 香りがすぐ消える。
  • 味が薄い。
  • 最初の1,2煎だけしか味がしない。
という、台湾烏龍茶の印象としては、非常に悲しい、不幸な結果になってしまいます。
 また、中には人工的に着香した烏龍茶もあり、その場合は「香りだけは良いのに。」という印象になってしまいます。

 2、大陸系

 武夷岩茶、鉄観音に代表される大陸の烏龍茶は発酵度が比較的高く、茶色をしているものが多いです。そのため、甘味は有るものの渋みの比率も高く、「清涼感」より「しっかりとした味わい」という重厚な感じを与えます。
また製造法として揉捻をあまり行いませんので、茶葉の形状としては、ピンピンとした針状になっているものが多いようです。

 この大陸式の淹れ方によると、
  • 茶葉は茶壷の1/3から1/2くらい入れる。
  • 洗茶を行うことが多い(この1煎目に該当するお茶で茶器を温めます。)。
  • 聞香杯は使用しない(文化が違う。しかし、流行として取り入れているところもある。)。
  • 抽出時間は、一例として、1煎目が15秒から30秒、その後、15秒、もしくは20秒増しで抽出時間を 増やしながら、茶葉によっては、7、8煎目まで楽しむ。
という方法です。

 「香り」より「味」を楽しむものですから、工夫茶より大量の茶葉を使用します。
 抽出の例としては、「1煎目の抽出時間を15秒、その後も15秒増し」というように、しっかりした濃さの味が維持されるような淹れ方をします。元々茶葉が揉捻されていませんから、台湾の烏龍茶に比べるとお湯を注ぐとすぐ味は出ます。すぐ出てしまうが故に多めに茶葉を入れ、短い抽出時間を繰り返すことで濃い味を持続させるわけです。

この淹れ方で多量の茶葉を入れた場合に、中国茶を飲んだというときに時々聞かれる、「蓋が茶葉で盛り上がった。」という状態になることがあるわけです。

 3、両者の比較

 「1」、「2」で述べたように、同じ「烏龍茶」という分類でありながら、「台湾系」と「大陸系」では、お茶に対して求めるものが、下記のように全く違うということがわかると思います。
  • 「台湾系」は「香り」と「清涼感」と「味のグラディエーション」
  • 「大陸系」は「味」と 「重厚感」と「味の持続」

 あえて、「台湾系」は「香り」と書きましたが、実際には味がおろそかになっているわけではありません。
楽しむ比率として考えるなら、「台湾系」は「香り50%・味50%」、「大陸系」は「香り10%・味90%」というところでしょうか。ですから、私としては,「台湾系」の青茶を味わう場合に聞香杯を使っていないということは、そのお茶の魅力の50%分を捨てている、非常にもったいない状況だと考えてしまいます。

 これらから、茶葉の品質が悪い(茶葉が切れ切れになっている。揉捻が十分でない。)台湾青茶を大陸系の淹れ方で飲むとどうなるでしょうか。「工夫茶」の淹れ方ではトータル的に評価に値しない茶葉でも、香りはそこそこたちますし、たくさん入れてすばやく飲めばそれなりの味が維持され、少なくとも明らかな悪い印象を与えることにはならないでしょう。

うーん、淹れ方マジック!

 4、私がお茶に求めるもの

 私が今、お茶に求めているもの、お茶を飲むことを通して得られると感じているものには、以下のものがあります。
 @ 香りと味
 これに関しては、これまでに述べた、良質の台湾烏龍茶を工夫茶の淹れ方で楽しむことで得られる唯物的なもの、そのものです。

 香りに関しては、他に類を見ない自然な感覚を味わえ、時には陶酔感さえわいてきます。

 味も、1煎目から2煎目、3煎目、そしてさらにその後に続く「味のグラディエーション」という、他の食べ物では 経験することの出来ない、鋭敏な味覚に対する遊びがそこに有ると思います。
 A 精神的なゆとり(ゆったりとした時間)
 工夫茶の淹れ方自体に「作法」とか、「決まり事」とかは有りません。元々、お茶をおいしく淹れるための心をこめる丁寧な方法に過ぎません。その中で、淹れる側は心を込めつつ、その所作の中にゆとりを感じながら飲む人に接し、飲む側もそれを見ながらある時はその所作に惹かれ、またある時は他の方との会話が弾み、そこで、その場でゆったりとした時間が過ぎて行きます。
 B 人と人の繋がり
 台湾烏龍茶を工夫茶で淹れてみんなで味わっていくと、その場に驚くほどの会話が生まれます。茶葉から食の文化へ、茶壷から焼き物へ、竹茶盤から建築・構造へなどなど。そしてそこからさらに広がる会話には、興味、生き方、共感、理解などという、現代の普段のおしゃべりや会話ではなかなか触れることの出来ない領域へと発展していきます。

 そこには、淹れる人、飲む人全てにある種の意識の繋がりが感じられてきます。

 そして、その茶会の終わりにみんなの中に生まれるある種の共通の感激。良い時間が過ごせたという満足感。帰路にその日の会話内容を反芻する喜び。またの会合に対する期待。

 お茶は人と人の繋がりを妨げません。主役であったはずのお茶は、いつのまにか脇役になり、お茶を飲んだ誰もが主役になっています。
 
 ですから、私は台湾烏龍茶が大好きです。