【実体的真実主義と適正手続】
刑訴法1条は、刑事訴訟の目的として、適正手続の保障を規定すると共に、真相の究明という実体的真実主義をも規定しているので、両者の関係が問題となる。
実体的真実主義とは、従来、刑罰法令の完全施行を含意し、したがって実体法優位の思想を背景にもち、かつ積極的真実の発見、つまり必罰主義と同義と考えられていた。
適正手続の保障が、真実探求の活動を、手続自体の正義ないし適正ということを根拠に、抑制しようとするものであることを考えると、この意味での実体的真実主義と矛盾するかもしれない。
しかし今日では、実体的真実主義には被告人のための誤犯の回避という意味で、消極的真実主義という側面をも含んでいると解されるようになった。
この面からの実体的真実主義は、真実探求の活動を、手続自体の正義ないし適正ということを根拠に抑制しようとする適正手続の保障を含むものであり、両者は矛盾しないと解される。
【職権主義と当事者主義】
訴訟の追行(審判対象の設定と証拠による立証)を当事者に委ねる方式を当事者主義という。
他方、訴訟追行を裁判所の責務とする方法を職権主義という。
現行刑事訴訟法は、原則として、当事者主義を採用していると解されるが、それは次の点に示されている。
(1)証拠調べは当事者の請求により行なうのが原則であること(298条1項)。
(2)証人尋問における交互尋問の慣行(304条3項)。
(3)起訴状一本主義の採用(256条6項)により裁判所が訴訟追行の主導権をとることができない建前になったこと。
(4)訴因制度により裁判所は当事者の主張である訴因に拘束されること(312条1項)
等がそれである。
もっとも、当事者主義は原則であって、例外として職権主義的な補正の制度もないわけではない。
裁判所の訴因・罰条変更命令権(312条2項)、職権証拠調べ(298条2項)、裁判長による釈明(規208条)等がそれである。
当事者主義
訴訟の追行(審判対象の設定と証拠による立証)を当事者にゆだねる方式を当事者主義という。
すなわち、起訴状一本主義(256条6項)により裁判所と検察官が分離して訴訟の三面構造が明快に示され、訴因制度の採用(265条3項)により検察官の訴訟対象設定権が明らかとなり、立証についても、当事者による証拠調べ請求権(298条1項)、審問権(304条2項・3項・320条1項、規則199条ノ2-13)、証明力の点検・異義申し立て(308条・309条)の規定が設けられたこと等が当事者主義(当事者追行主義)を支える。
のみならず、被告人と検察官とでは攻撃・防御力に著しい格差が生じるので、これを補正し実質的対等を実現するため、弁護人依頼権(30条・36条・289条、憲37条3項)や、黙秘権 (291条2項・311条、憲38条1項)をはじめ、憲法の刑事手続き上の人権宣言条項が規定されている。この立場を被告人当事者主義という。
【公平な裁判所】
公平な裁判とは、当事者のどちら側にも片寄らない裁判をいう。
公平な裁判というためには、まず「公平な裁判所」の裁判でなければならない。
刑事被告人について、憲法が公平な裁判所の裁判を受ける権利を保障している(憲37条)のも公平な裁判を目的とするものである。
なお、ここに公平な裁判所とは、組織・構成等において不公平のおそれのない裁判所の意味と解されている(判例)。
法は公平な裁判を保障するため、各種の配慮をなしている。
まず、裁判所の制度面から、
(1)司法権・裁判官の独立(憲76条)、
(2)裁判官の除斥・忌避・回避の制度、
(3)当事者による管轄移転請求(17条)等がある。
次に、訴訟手続面から、
(1)訴訟構造としての当事者主義の採用、
(2)両当事者に主張・立証の平等の機会を与える当事者対等の原則の採用、
(3)起訴状一本主義による予断排除の原則の採用などがある。
【裁判官の忌避】
忌避とは、裁判官が不公平な裁判をするおそれのあるときに、当事者の申し立てにより、裁判官を職務の執行から排除する制度である。
忌避の理由は、除斥事由があること、又は不公平な裁判をするおそれがあることであるが、被告が訴訟遅延を目的に、裁判官の訴訟指揮等について問題があることを理由に、忌避の申し立てをした場合、どうなるか。
この点、判例は、忌避制度は、当該事件の審理過程に属さない要因に基づき、その裁判官に公平な審判活動が期待できないという場合に認められるのであって、審理方法や審理態度など、当該事件の手続内の要因については忌避事由にならないと解している。
よって、かような申し立ては、23条の手続による必要はなく、24条の「訴訟を遅延させる目的のみでなされたことの明らかな申し立て」として、簡易却下することができる。
この場合、忌避の申し立てを受けた裁判官も参加できる。
【迅速な裁判の保障】
古くから「遅れた裁判は、裁判の拒否に等しい」といわれるように、訴訟は、迅速でなければならない。
刑事訴訟における迅速な裁判の要請は
(1)犯罪鎮圧・予防という国家目的からも、
(2)無罪の推定を受けている被告人の手続きの苦痛からの開放という被告人の人権の確保という憲法的利益からも、
(3)さらに、証拠の寿命は短いため、証拠による真実発見という訴訟目的などから導かれる。
憲法は、特に被告人の利益面を重視して、これを憲法的保障まで高めている(憲法37条1項)
【迅速な裁判を保障する手続】
まず、刑訴法及び刑訴規則は、迅速な裁判を保障するために、次のような諸規定を設けている。
すなわち、(1)総則的規定(1条)、(2)公訴の失効(271条2項)、(3)事前準備(規178条ノ2)、(4)準備手続(規194条)、(5)公判期日の厳守(277条)、(6)簡易公判手続(291条ノ2)、(7)当事者の訴訟遅延行為に対する処置(規303条)などがそれである。
さらに、継続集中審理主義もまた迅速な裁判から導き出される原理である。
迅速な裁判の要請に加え、公判の基本原則である口頭主義・直接主義が採られると、裁判所は新鮮な記憶に基づいて判決する必要があり、集中審理が必要とされるからである。
刑訴規則179条ノ2は、「審理に二日以上要する事件については、できる限り、連日開廷し、継続して審理をしなければならない」と規定し、右主義を採用しているが、これも迅速な裁判の保障に資するであろう。
【憲法37条1項の法的性格】
憲法37条1項の保障する迅速な裁判を受ける権利は、単なるプログラム規定ではなく、被告人を遅れた裁判の苦痛から開放しようとするデュープロセスの要請(憲法31条)に基づく強行的実行力を持つ具体的な権利であると解される。
そして、裁判の遅延が右保障条項に反する事態に至っているか否かは、(1)遅延の期間、(2)遅延の原因と理由、(3) 右条項が守ろうとしている諸利益がどのていど実際に害されているかなど諸般の事情を総合的に判断して決せられるべきである。
その結果、憲法37条1項の迅速な裁判の保障に反する極限的な訴訟遅延状態が生じたときは、免訴(337条)の判決により訴訟を打ち切ることができるとするのが、判例の救済方法である。
しかし、それでは遅延期間が公訴時効期間まで許容されてしまう虞があり,柔軟性を欠き妥当でない。
この場合は、338条4項の規定により公訴棄却にすべきと解する。
【軽微犯罪に対する刑訴上の配慮】
軽微犯罪も犯罪であるので、適正手続の要請が及ぶ。
しかし、軽微犯罪は数が膨大であるため、通常の刑事手続を軽微犯罪にも適用すると、裁判所の処理が限界を超えてしまう。
また、軽微な犯罪については被疑者の烙印押しを避けるため、刑事手続きのできるだけ早期の解放(ダイバージョン)が要請される。
そこで、軽微犯罪については特別な配慮が必要とされる。
○捜査段階
捜査段階では、犯罪が軽微な場合、逮捕勾留の要件が厳格になっており、また一定の軽微犯罪について現行犯・緊急逮捕は禁止されている。
○公訴提起段階
微罪処分(246条但書)、起訴便宜主義(248条)によって刑事手続から外される。
また、一定の軽罪については、公訴時効期間が短縮され(250条)、権利保釈(89条1号)が認められている。
○公判段階
簡易公判手続(291条ノ2)および略式手続(461条以下)がある。
簡易公判手続とは、被告人が有罪である旨を陳述した場合、伝聞証拠の証拠能力制限を緩和し、証拠調手続を簡略化することを認めたものである。
略式手続とは、簡易裁判所において、被告人に争いのない軽微事件について通常の公判手続によることなく一定額の財産刑を科すために認められた審判手続である。
手続が検察官提出の証拠のみによって非公開の書面審査でなされる。
【余罪と刑事手続−別件逮捕・勾留】
余罪の取り調べは適法であろうか。
この点、被疑者の身柄拘束下の取調(198条1項)を取調受認義務ある強制処分と解し、事件単位の原則を適用して、逮捕・勾留の基礎となった当該事件以外は、原則として取り調べられないとする見解もある。
しかし、現行法上、取調は身柄拘束の目的には含まれないと解されるから(60条,199条2項,規則143条ノ3)、逮捕・勾留の効力に関する原則である事件単位の原則を適用するのは妥当ではなく、かかる見解には賛成し得ない。
むしろ、現行法では、取調の範囲について何らの制限を設けていないのだから、余罪取調も原則として許されると解するべきである。
もっとも、これを無制限に認めるときは、別件逮捕すなわち逮捕するだけの証拠のない事件を取り調べることを目的として形式上逮捕の要件を備えた軽微事件による逮捕が横行し、令状主義(憲法33条)が潜脱されるおそれがある。
そこで、別件逮捕による令状主義の潜脱を禁圧すべく、余罪取調が別件逮捕に基づくものと推認されるような場合には、違法となり許されないと考える。
そして、そのような違法な余罪取調となるか否かは、
@本罪と余罪の軽重、
A余罪についての証拠具備の程度、
B本罪についての身柄拘束の必要性、
C本罪と余罪のとの関連性、
D余罪取調の時間、等の具体的状況を総合的に考慮して決すべきである。
違法な余罪取調がなされた逮捕は別件逮捕としてそれ自体が違法となる。
【保釈と余罪】
勾留された被告人が解放される場合は、三つある。
勾留取消し(87条)、勾留の執行停止(95条)、そして保釈である。
被告人が、勾留中、保釈を申請すれば、法定の除外事由にあたらない限り、これを許さなければならない(89条:権利保釈)。
これは被告人に無罪推定が働く地位があるからである。
そこで、除外事由を判断していくにあたって、余罪を考慮してよいかが問題となる。
勾留の効力は、その理由となった特定の犯罪事実についてのみ及ぶと解するべきである(事件単位の原則)。
とすれば、勾留されている被告人の身柄拘束を条件付きで解く保釈の許否も、勾留の基礎となった犯罪事実について判断されるべきである。
よって、権利保釈については余罪を考慮することは許されない。
次に、裁判所は、権利保釈が許されない場合でも、適当と認めるときは職権で保釈を許すことができる(90条:裁量保釈)。
この裁量保釈の許否について余罪を考慮することは許されるか。
確かに、事件単位の原則からすれば、直接余罪の存在を理由に判断することはできない。
しかし、余罪を事案の内容や性質、被告人の経歴、行状、性格等の事情を考察するための1資料として考慮することは許されると解するべきである。
除外事由が法定されている権利保釈の場合と異なり、裁量保釈は、除外することの判断は裁判にゆだねられているからである。
【被告人の余罪取調べの可否】
被告人は訴追されることによって、当事者となるのだから、訴追された事件についての取調は原則として許されない。
では、余罪の取調べはどうか。
余罪捜査が一切許されないとするならば、被告事件が結審するまで、取調は許されないことになり、証拠の散逸する等捜査の必要が害される。
他方、被告人としても、後に余罪で逮捕勾留されるとすれば、身柄拘束期間が長期化するので、余罪を平行して捜査してもらった方が都合がよい場合もある。
そこで、被告人も余罪については被疑者であり、197条は任意処分については何ら制限していないので、任意処分としての取調べならば許されると解するべきである。
もっとも、勾留されて身柄拘束下にある被告人を取調べることは強制の契機をもつものであり、強制処分性を有する。
また、被告人は被告事件については防御の利益を有しているのだから、余罪取調べでこれが害される危険もある。
よって、弁護士が同席する等により被告人の防御の利益が確保され、真に任意性が保障されない限りは、被告人を余罪で取調べることは許されないと解するべきである。
【被告人の余罪取調べと接見制限】
被告人が余罪を理由に勾留されている場合、余罪捜査を理由に接見制限(39条3項)をすることは許されるだろうか。
【余罪による公訴事実の立証の可否】
余罪を公訴事実の立証に用いることは許されるか。証拠の関連性が問題となる。
まず、公訴事実の認定と全く無関係の余罪の場合は、余罪立証は自然的関連性の要件を欠き、許されないと解する。
では、公訴事実と関連性をもつ余罪の場合は、どうであろうか。
確かに、この場合は自然的関連性は認められ、証拠としての最小限の証明力はある。
しかし、余罪に基づく公訴事実の立証は、予断や偏見から証拠評価を誤らせるおそれが強い。
よって、この場合(悪性立証、類似事実の立証)は、原則として法律的関連性を欠くとして、証拠として許容されないと解すべきである。
もっとも、逆に言うと、公訴事実と合理的関連性を有するため予断や偏見の危険がない場合には、証拠として許容してもかまわないともいえる。
よって、(ア)動機、(イ)同種犯罪の故意・主観的要素、(ウ)複数の犯行に共通の計画・企図、(エ)被告人と犯人の同一性を立証する場合などは、余罪に基づく立証も証拠として許容される。
判例も、すでに客観的事実及びそれと被告人との結びつきが他の証拠で立証されているときに、犯罪の故意など主観的要素を同種前科など類似事実で立証することは認めている。
【余罪と量刑への考慮】
起訴されていない余罪を量刑資料に利用することはできるか。
これを無制限に許せば、正規の手続きなしに刑が科せられることになり、「訴えなくば裁判なし」の不告不理の原則(378条3号後段)、適正手続(憲法31条)、補強法則(憲法38条3項・319条2項3項)を没却してしまうことになる。
よって、余罪で実質上処罰する趣旨で量刑資料に考慮することは許されないと解するべきである(判例)。
しかし、刑事裁判における量刑は、被告人の性格、経歴等すべての事情を考慮して、裁判所が法定刑の範囲内において決定するものであるから、その量刑のための一情状として余罪を考慮することは許されると解する。
もっとも、両者の区別は必ずしも明らかでないから、何らかの担保が必要である。
例えば、余罪が犯罪事実の認定に不当な影響を及ぼさないように余罪の立証趣旨を明確にさせ(規44条1項12号参照)、補強証拠を要求し、その立証も厳格な立証を要求すべきである。
さらに、後に余罪が処罰されれば事実上二重に処罰されてしまうことになる。これは二重危険の禁止に触れる。
そこで、余罪が量刑上考慮されている場合に確定力が生じると解すると解するべきである。
【量刑と余罪】
起訴されていない余罪を、本罪の量刑として考慮することは許されるか。
この点、判例は、起訴されていない犯罪事実を余罪として認定し、事実上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、そのため被告人を重く処罰することは、不告不理の原則に反し、憲法31条に反するのみならず、自白に補強証拠を必要とする憲法38条3項の制約を免れることとなるおそれがあるため許されない。
しかし、刑事裁判における量刑は、被告人の性格・経歴および犯罪の動機・目的・方法等の全ての事情を考慮して、裁判所が法定刑の範囲内において、適当に決定すべきものであるから、その量刑のための一情状として、いわゆる余罪をも考慮することは、必ずしも禁じられところではない。
【余罪と保釈】
保釈とは、勾留を観念的に維持しながら、保釈金を納付させて、不出頭の場合はこれを没取するという条件で威嚇し、被告人を暫定的に釈放する制度である(89条・90条)。
裁判所は、勾留の基礎となっていない犯罪事実を考慮して、保釈の可否を決めてよいか。
この点、勾留について人単位説を採れば積極的に解することになるが、逆に事件単位の原則を厳格に貫けば消極的に解せざるを得ない。
しかし、例えば当該事実についての逃亡のおそれを生じしめる一資料として余罪を斟酌することが許されるのは別である。
それは、余罪ではなく当該事実をめぐる事情についての判断にほかならないからである。
【余罪に関する未決勾留日数の本罪通算の可否】
逮捕勾留は事件ごとに行われる。
したがって、A事件につき勾留されている者を、さらにB事件で勾留することができる(二重勾留)。
したがって、A事件の勾留期間を、B事件を理由に延長したり、A事件で勾留されている被疑者について、B事件の捜査を理由として接見指定したりすることはできない。すなわち、手続はあくまで事件として進行するのである。
もっとも、A事件の勾留中に、二重勾留しないで、B事件の捜査が進行することもあり得る。
その場合は、二重勾留がなくても、被疑者に利益な効力を認めるべきである。
例えば、B事件につき有罪となった場合に、A事件についての未決勾留日数をB事件の刑に算入し、あるいはB事件について無罪となった場合に、A事件の勾留について刑事補償を認める、などである(共に判例がある)。