第五章 公 判

◎訴因と公訴事実

◎訴因と争点

○訴因逸脱認定(訴因の拘束力違反)と訴因変更手続

○争点逸脱認定と争点顕在化手続

◎訴因の特定

○訴因の特定の程度

○訴因の測定の原則の例外−特殊事情論

○覚醒剤自己使用罪と訴因の特定

◎訴因変更制度

◎訴因変更の要否

○訴因の本質

○訴因と訴訟条件

○【窃盗の訴因で簡易裁判所に起訴したが、強盗が認められた場合】

 裁判所の審判の対象を、公訴事実と解する立場からは、訴訟条件の存否の基準は、裁判所の心証と解することになるが、現行法の当事者主義の訴訟構造から妥当でない。
 審判の対象は、訴因と解される。したがって、訴訟条件の存否も訴因を基準として判断すべきである。
 簡易裁判所には、強盗についての事物管轄権はない(裁判所法 33条)。
 したがって、検察官が訴因変更を行えば、簡易裁判所としては、訴訟条件を欠くことにより、もはや実体審理ができなくなるため、管轄違いの判決(329条)という形式裁判により訴訟を打ち切らざるを得ない。
 また、裁判官が訴因を変更しなければ、裁判所としては、訴因の中に包含された犯罪事実を認定するには訴因変更を要しないという縮小認定の原則により、窃盗として有罪判決を下すことになる。

◎訴因の補正と変更と訂正−訴因と罪数変化

◎訴因変更の限界−公訴事実の同一性

○「公訴事実の同一性」の意義

○両訴因の共通性基準、非両立性基準

○公訴事実の同一正論の機能

◎訴因変更の限界をめぐる諸問題

○訴因変更の時期的限界

○訴訟条件不備の訴因から訴訟条件具備の訴因への変更の可否

○中間訴因を経ての訴因変更の限界

◎訴因変更命令

○訴因変更命令義務の有無および例外

○原訴因の維持命令

○訴因変更命令の形成力

◎公判準備と公判期日における手続

◎被告人・弁護人の在廷の例外

○被告人の在廷

○【被告人の不在廷】

 被告人は、公判廷に出頭・在廷する権利・義務を有し、原則として、被告人の出頭・在廷がなければ開廷することはできない(286条)。被告人はまさに当事者だからである。
 しかし、この被告人出頭・在廷の原則には、次のような例外があり、それらの場合には裁判所は被告人が在廷しないまま公判手続きを進めることができる。

 (1)被告人が法人である場合(283条)
 (2)被告人が意思能力を有しない場合(28条)
 (3)事件が軽微な場合(284条、285条1項・2項)
 (4)被告人が出頭を拒否している場合(286条ノ2)
 (5)被告人が退廷したり、退廷を命じられた場合(341条)
 (6)証人が被告人の圧迫を受けて証言ができない場合(304条ノ2)
 (7)被告人が心神喪失の場合(314条1項)

○弁護人の在廷

○【弁護人の不在廷】

 死刑又は無期若しくは長期3年を超える懲役若しくは禁固にあたる事件、いわゆる必要的弁護事件の場合には弁護人も出頭・在廷の権利をもち、弁護人の出頭・在廷がなければ開廷することはできない(289条)。
 ただ、必要的弁護事件といっても、公判のすべてにわたって在廷が必要なわけではない。
 弁護人の在廷が必要なのは、事件の実体に関する審理の場合だけであるから、人定質問だけをする場合や判決の宣告だけをする場合などは、弁護人がいなくてもよい。
 また、軽微な事件で必要的弁護事件とはならないものであれば、弁護人の出頭は開廷の要件とはならない。
 なお、明らかに訴訟上の権限濫用として弁護人不在廷が生じた場合は、(286条ノ2や341条を類推するのではなく)、289条の内在的制約として、必要的弁護制度の一種の放棄と解することも可能である。

○被告人在廷の関連問題

◎訴訟指揮権と法定警察権

◎証拠開示

○定義・要件

○【証拠開示の意義】

 証拠開示とは、当事者(特に被告人)が手持ちの証拠について、相手方にその内容を明らかにすることをいう。
 この証拠開示は、職権主義的構造をとっていた旧刑訴法当時は、検察官の手持ちの証拠のすべてが裁判所に引き継がれたので、弁護人がこれを閲覧、謄写することが認められており問題は生じていなかった。
 現行刑訴法においても、299条1項が検察官の証拠調べ請求をした証拠・証人について一定の証拠開示が認められているが、これは逆に検察官が証拠調べの請求をせず、その予定もない証拠については証拠開示をなし得ないことになる。
 そこで、かような場合にも証拠開示が可能であるか。現行刑訴法の当事者主義訴訟構造と矛盾しないかが問題となる。

○【証拠開示の可否】

 証拠開示については、当事者主義訴訟構造を根拠に否定する説もある。
 しかし、当事者の実質的な対等性を実現するため、被告人の十分な防御活動を展開できるようにするのが当事者主義の理念であり、妥当でない。
 他方、全面的な開示を肯定する説もあるが、これは、証拠破壊の危険等から妥当でない。
 そこで、被告人側の充実した防御活動を可能とし、他方で、右開示に伴う弊害の危険を回避する見地より、裁判所の適切な訴訟指揮権(294条)に基づく個別開示命令によるべきであるとする説が妥当である(判例同旨)。
 具体的な個別開示の要件としては、
 (1)証拠調べの段階以後、
 (2)弁護人から具体的必要性を示して一定の証拠の閲覧の申し出があった場合、
 (3)具体的事案において諸般の事情を勘案して、証拠閲覧の重要性ないし必要性と、弊害の有無を考慮して相当と認められることが挙げられる。

○【防御の重要性・弊害の有無の相当性】

 証人の従前の供述調書(検面調書および員面調書)についての裁判所の主尋問前の個別開示は適当か。
 個別開示の要件として判例は、(1)証拠調べの段階以後、(2)弁護人の請求により、(3)防御のための重要性、罪証隠滅等の弊害の有無の相当性を挙げる。
 ここで問題となるのは(3)の要件である。供述調書が開示に親しみやすい証拠か否かを利益衡量しなければならない。
 この点、主尋問後反対尋問前しか許されないとする説もあるが、主尋問と反対尋問が開示手続の挿入によって分断されるのは、反対尋問の効用をそぎ、迅速審理の観点からも好ましくないし、299条による事前告知の制度がある以上、調書の開示自体による罪証隠滅のおそれは過大評価すべきでない。
 供述調書は単に反対尋問の資料として役立つばかりか、主尋問自体の適正担保にも有用であるので肯定すべきである。
 なお、検察官がこれに従わなかった場合は、公訴棄却による制裁もありうる。

○検察官が裁判所の開示命令に従わない場合