第七章 裁 判

◎択一(選択)的認定

○択一的認定、予備的(一部)認定、不特定(概括的認定)

【罪となるべき事実】

 裁判所は被告人に有罪判決をするとき、裁判所が認定した「罪となるべき事実」を判決理由として判決書に記載しなければならない(335条1項)。
 これは、(1)判決が正当なものであることを当事者および社会一般にしらしめ、裁判の合理性を確保することもあるが、もっとも大きな理由は(2)当事者が上告するとき、合理的な疑いをいれない立証に基づいた事実認定によって判決が下されたかどうかを知る必要があるからである。

 当事者は、判決書をもとに上訴するか否かを決める。したがって、ここで述べられる「罪となるべき事実」は具体的に特定されたものでなければならない。さもなくば、当事者が上訴しようにも争いようがないからである。

【択一的(選択的)認定】

 裁判所が「罪となるべき事実」として示した事実認定は、具体的でなければならない。しかし、すべての事実にわたって具体的である必要はない。

予備的認定
 たとえば既遂か未遂か不明の場合に未遂を認定するような包摂関係にある事実についての認定を予備的認定という。この場合、少なくとも未遂の限度では「合理的な疑いを容れない程度」の立証がなされているのであるから、このような認定は許される。

不特定認定
 また、たとえば「三日頃」とか「三番地付近」などと認定するような同一構成要件内の択一関係にある事実についての不特定認定の場合も、全体としてみれば「合理的な疑いをれない」証明がなされている場合といってよいので、このような認定も許される。
 
狭義の択一認定
 問題となるのは、狭義の択一認定、すなわち別個の構成要件にわたる事実が択一関係にあって、そのいずれか一方が真実であることは確実であるが、どちらが真実か不明な場合に、ある一方を認定することが許されるか、である。

○異なる構成要件間の択一的認定の可否

【(選択的)択一的認定】

 被害者の生死が不明の状態で遺棄した場合、保護責任者遺棄か死体遺棄罪が成立していることは間違いないが、生死不明のまま有罪(死体遺棄罪)を認定してよいか。

 この点、認定すべき事実が同一構成要件間なら概括的認定として許される。

 しかし、例えば窃盗か盗品の無償譲受けかのいずれかであることは確実であるが、そのいずれかが不明である場合、そのいずれかを認定することは許されないと解するべきである。
 なぜなら、認定すべき事実が異なる構成要件間に存する場合に、どちらの事実か分からないのに有罪を下すのは、
 (1)「疑わしきは被告人の利益に」の原則に反する。
 (2)窃盗と盗品無償譲り受けの合成的構成要件を設定したことになり罪刑法定主義に反する。
 (3)合理的な疑いを容れない立証がなされていないのに事実認定をすることになる。
 からである。

 もっとも、両事実の間に共通項となる事実があり、その限度で利益原則の適用により事実認定が可能なときは択一的認定も許されてよいと解される。

 本問も、被害者は生きていたか死んでいたか以外はありえないのだから(論理的択一関係)、どちらか証明できない場合でも、軽い罪の構成要件要素である死んでいたという事実を認定しても差し支えないと解される。

◎裁判の意義・種類

裁判(広義)とは、裁判所又は裁判官の訴訟行為のうち法律行為たる性質を有するものをいう。(例えば、忌避の裁判、証拠調べの裁判等を含む)

(1)判決・決定・命令
判決は、裁判所の裁判であって原則として口頭弁論に基づいてすることを要する(43条1項)。例外として、341条(被告人の陳述を聞かない判決)・391条(弁護人の不出頭)・408条(弁論を経ない上告棄却判決)等
上訴の形式としては、控訴・上告が許される(372条・405条)

決定は裁判所の裁判であり、命令は裁判官の裁判である。両者は口頭弁論に基づくことを要しないが(43条2項)、必要のある場合は事実の取調をすることができる(3項)。
上訴の形式としては、決定に対しては抗告が許され(419条・43条3項)、命令に対しては準抗告を持ってすることになる(429条)。

(2)終局裁判・非終局裁判
終局裁判とは、事件を当該審級から離脱される効果を持つ裁判を言い、非終局裁判とは、訴訟の継続進行を目的とする裁判をいう。

(3)実体裁判・形式裁判
実体裁判とは、申立の理由の有無について判断をなす裁判をいい、形式裁判とは申立の有効・無効について判断をなす裁判をいう。
実体裁判が確定すれば、一事不再理の効力が発生するという点が、形式裁判との区別の大きな実益である。

これに関連して、免訴の判決(337条)を形式裁判と解するか、実体裁判と解するかについては争いがある。
形式裁判の場合、一事不再理効が認められないと解されるので、免訴の判決を受けた者に不利である。
しかし、免訴の判決は、免訴事由がある場合に、実体判断(事実認定)をすることなく直ちに免訴判決を言い渡し、被告人の無罪の主張も認めないものであるので、形式裁判であると解する(判例)。

◎裁判成立の効力

(1)内部的成立
裁判の意思表示内容が裁判機関の内部で決定することを裁判の内部的成立という。
←内部的に成立しさえすれば、その後裁判官が交代しても、公判手続きを更新する必要はない(315条但書)。

内部的成立の時期は、合議体の場合は裁判官全員の議決によって、一人制の場合は判決書作成のときとされる。

(2)外部的成立
裁判は、告知によって外部的に成立する。裁判の告知は、公判廷では宣言によって行う(342条)。
裁判が、告知によって外部的に成立したときには、裁判機関はこれに拘束され、もはや撤回・変更することはできない。このような裁判の自縛的効力を「裁判の規則力(拘束力)」という。
また、裁判の外部的成立によって、勾留状の効力が失効する(345条)などの付随的効力が発生する。
しかし、最も重要なのは裁判の確定力である。

◎裁判確定の効力

【裁判の確定力】

 裁判が不動のものとなった状態を裁判の確定という。そして、確定によって生ずる裁判の本来的効力を確定力という。

◎一事不再理効の根拠

【一事不再理効の根拠】

 審判がすんだ以上、同じ事件は二度と取り上げないという原則を「一事不再理の原則」という。
 この一事不再理効の根拠については、憲法39条との関係が問題となった。
 この点、一事不再理効は裁判の内容の効力であると解する説もある。この説からは、憲法39条は、大陸法系の一事不再理の原則を強化したものとすることになる。
 しかし、この説は一事不再理効を、国の立場にたって理解するものであり、憲法39条が二重の危険の原則を宣言している趣旨を没却するものである。
 したがって、一事不再理効は、むしろ端的に、被告人が受ける手続の負担に着目し、被告人が一度訴追の負担を課せられたならば再び同じ苦しみを受けることはないという二重の危険の原則に基づくものと解するのが妥当である。

◎一事不再理効の発生時期

○一事不再理効の発生時期

【一事不再理効の発生時期】

 一事不再理効が発生するのはいつか。
 この点、一事不再理効が裁判の内容の効力と解する説からは、裁判が形式的に確定することで具体的内容があきらかになるのだから、形式的確定時と解することになる。
 また、一事不再理効を二重の危険の問題としながらも、裁判が形式的に確定するまでは危険は継続していると解する立場からも、形式的確定時までは一事不再理効は発生しないと解することになる(場合が多い)。一審から上訴が確定するまで「継続的危険」が続いているとするのである(判例)。

 しかし、一事不再理効を二重の危険の問題だとすると、一事不再理効の発生時期は裁判の確定時期と結び付く必然性はない。
 一審においてすでに訴追の危険を受けた以上、確定しなくても二重の危険がおこり、一事不再理効の適用があると解すべきである。

○検察官上訴の合憲性

【検察官上訴】

 現行法上、検察官の上訴に関する規定が存在する。すなわち、無罪判決に対する事実誤認を理由とする検察官控訴(382条)、事実誤認を理由とする検察官上告も411条の職権破棄を促すものとして許される場合がある。
 これら、被告人に不利な検察官上訴の規定は憲法39条にてらして合憲であろうか。一事不再理効が二重の危険(憲法39条)に基づくものとして、その発生時期が問題となる。
 この点、裁判が形式的に確定したときに一事不再理効が発生するとする立場からすると、検察官が上訴している間は、未だ確定していないのであるから、二重の危険は問題となりえないことになる。
 しかし、検察官上告はともかく、検察官控訴は事実を争うものであるため、検察官に事実認定につき複数の立証の機会を与えることになるので、再度の実体審理の負担を禁止する二重の危険の趣旨に反する。
(田宮は結論を濁している、否定した方が良いかもしれない)

◎一事不再理効の客観的範囲

○一事不再理効の客観的範囲

【二重の危険の範囲(事物的範囲)】

 一事不再理効が生じる範囲については、争いがあるも、訴追・判決された訴因と公訴事実を同一にするすべての事実におよぶと解するのが妥当である(通説)。
 なぜなら、審判の対象が訴因である以上、これに一事不再理効が及ぶのは当然として、「危険」は手続の負担という事実に由来して被告人に再訴防止の権利を保障するものであるから、これをゆるやかに解し、訴訟が確定判決にまで到達したときは、訴因の変更の可能性を含みつつ手続が追行されたといえるので、その全範囲で被告人は手続の危険にさらされたと解すべきだからである。
 具体的に、訴因外・公訴事実の同一性内の危険とは、訴因変更を媒介にする有罪の可能性であって、いわば間接的・抽象的危険とも言うべきものである。

【二重の危険の内容】

(1)科刑上一罪の一部が親告罪で告訴がないため非親告罪で判決があった後に、告訴を得て再起訴できるか。審判の法的な可能性がなかったため問題となる。
 親告罪の告訴の可能性や被害者の死亡の可能性を考えると、抽象的危険があるといえるので、再起訴はできないと解される。

(2)行為が部分的に重なり合う強盗と鉄砲等の不法所持等について、一方のみ起訴・判決が出た場合、他方について再起訴できるか。同時起訴が可能であったため問題となる。
 たとえ併合罪の関係に立つ吸う罪でも、相互に密接しているため社会的観察上は一個の事象とみられ、同時捜査・同時立証が通常であるような場合には、同時訴追が要求され、したがって、一方のみの起訴・判決で危険が認められ、再起訴はできないと解すべきである。

(3)起訴されていない余罪でも実質上処罰する趣旨で余罪が利用された場合等、一定の場合には肯定すべきである。

【二重の危険の発生事由】

 (1)実体裁判
 確定した実体裁判には、一事不再理効が生ずることはいうまでもない。実体裁判によって実体的法律関係が確定すればもはや変動を容認すべきではないし、「危険」とは、有罪の危険、つまり実体審判の危険を意味するものと解されるからである。

 (2)形式裁判
 これに対して、形式裁判は実体的法律関係について判断がなされていない以上、実体的確定力は発生し得ず、また実体判断の前提としての実体審理がむしろ禁止される場合であるから、二重の危険という観点からも、危険が生ずるとはいえない。したがって、一事不再理効は原則として発生しないとされる。
 ただし、免訴については例外的に一事不再理効を認めるのが通説である。
 (3)さらにその他の事由として、検察官上訴の是非が問題となる。

○一事不再理効の拡張

○一事不再理効の制限

◎一事不再理効の時間的範囲・主観的範囲

○時間的範囲

【二重の危険(時間的範囲)】

 常習賭博罪で有罪となった被告人について、判決確定後、その行為以前、第一審継続中、第一審判決後控訴中、にやっていたという事実が明らかになったとき、どの事実なら起訴してよく、どの事実の起訴ができないか。二重の危険の時間的範囲が問題となる。

○主観的範囲

◎免訴判決と一事不再理効

【免訴判決の一事不再理効(田口)】

 Xが、犯行から6年後に単純横領罪で起訴されたが、免訴判決(337条4号)を下された。しかる後、Xが公訴事実を同一とする詐欺罪を犯していたことが判明した。
 この場合、検察官は詐欺罪で起訴しうるか。337条1号の「確定判決」に免訴の確定判決が含まれるかが問題となる。
 思うに、一事不再理効は、再度の実体審判の危険から被告人を解放する趣旨である(二重の危険説:憲法39条)。
 しかるに、公訴棄却や管轄違いなどの形式裁判は、実体審理がない以上、一事不再理効は認められないと解するべきである。
 そして、免訴もまた免訴要件が存在していれば、実体審理をせずに下されるものであって、性質上、形式裁判であるようにみえる。
 したがって、免訴の判決には一事不再理効は認められないとすべきかもしれない。

 しかし、免訴判決は、実体審理を要しないという点では形式裁判であるが、同時に公訴の理由性の有無という刑罰権の存否の判断を下しているという点では、なお本案裁判としての性質を有しており(形式的実体裁判)、この点で公訴棄却や管轄違いとは法的性質が異なる。
 よって、免訴判決に一事不再理効を認めるべきである。

【免訴判決における一事不再理効(平野)】

 形式裁判は、いわば出直しを許すための裁判であるから、一事不再理効はないとするのが原則であるが、例外として免訴判決についてだけは一事不再理効があると解される。
 その理由について、免訴を実体裁判の一種と解する説もあるが、この説では、前の裁判が無罪でも免訴(337条1号)とされることが説明できない等の理由から支持できない。
 そこで、免訴判決は形式裁判であると解したうえで、免訴が事件そのものについて訴追の可能性・利益がない場合に言い渡すものであることに着目し、その趣旨によって再訴が許されないとする公訴権消滅説が妥当であると解する。
 そして、免訴事由の「確定判決を経たとき」(337条1号)と、(1)一事不再理効が認められる場合、すなわち有罪または無罪判決が確定している場合、および(2)免訴の判決が確定している場合をいうと解される。
 よって、設問のように、免訴判決が確定した後、同一事件につき公訴が提起された場合には、裁判所は337条2項により免訴判決を下すべきであると考える。