【72】挙証責任と無罪推定原則

無罪推定原則 被告人は無罪であるとの推定(仮定)の下に公判手続を進めるべきであるとする原則
    意義
無罪推定原則についての明文規定はないが、訴訟のやり方いかんで被告人が処罰されるとすれば公判でのデュープロセスの要請に反するから、憲法31条から無罪推定原則が要請されると解される。
(渥美は「公平な裁判所」からもってくるんだよね)
実質的挙証責任 証拠調べを尽くした結果、要証事実の存否がいずれとも決しがたい場合、不利益な判断を受ける一方当事者の法的地位
    意義
自由心証がつきたところで要証事実の存否がいずれとも決しがたい場合でも裁判所は裁判を拒否することは許されないから、裁判所の判断を可能にするようにあらかじめ真偽不明によって生じる不利益な判断を受ける当事者を定めておかなければならない。このような裁判所に向けられた判定のためのルール(当事者の結果責任)を実質的挙証責任という。

被告人には無罪推定原則が及ぶから、実質的挙証責任は検察官が負担するとされる(挙証責任検察官負担の原則)

    挙証責任の転換規定
法が個別的な場合に明文で被告人側に挙証責任を転換した場合がないわけではない。
例えば、@刑法207条、A刑法230条ノ2、B児童福祉法60条3項、C爆発物取締罰則6条などである。

これらは、被告人が立証に失敗すると、疑わしいのに罰せられることになるから、形式的にはすべて利益原則に反することになる。

そこで、これらが合憲といえるためには、利益原則ないし無罪推定原則の例外として、なお合理性を保ちうる特別の場合でなければならない。

右合理性の有無については、
(1)被告人の挙証事項が検察官の挙証するその他の部分から合理的に推認されること、
(2)被告人による立証が相対的に容易であること、
(3)被告人が挙証責任を負う部分を除去して考えてもなお犯罪としての可罰性が認められること、などの事情を基準に考えるべきである。

    転換された証明の程度・方法
証明の程度については、証拠の優越で足りると解すべきである。

なぜなら、証拠収集のための強制捜査権限をもたない被告人に、合理的疑いを超える程度の証明を要求すれば、真実性の証明はほとんど不可能となり、制度そのものの存在意義が没却してしまうからである。

証明の方法についても、自由な証明で足りるであろう。もっとも、判例は名誉毀損について厳格な証明を要求している。

形式的挙証責任 裁判所の不利益な判断を受けるおそれのある当事者がこれを免れるために行うべき立証行為の負担、又は証拠を探して提出するのは裁判所か当事者かという訴訟追行上の負担
    意義
訴訟の当事者主義化に伴い、立証仮定をも当事者の負担という形で整理・分析する必要があることが意識されたことによる。

しかし、自己に不利益な判断を下されるのを回避するために積極的に証拠を提出するという意味での負担であれば、それは実質的挙証責任を前提とした、その反射ともいうべきものであって、独自の観念ではない。

このように、形式的挙証責任という概念は、当事者主義を説明するためには、必要でも有用なものでもないといえる(田宮)。

それでは、立証行為の面で被告人側の責任はまったくないかというとそうではない。証拠提出責任という概念が登場してきている。

証拠提出責任 一応の証拠を提出すべき責任
    意義
英米でいう証拠提出責任は、陪審による事実審理を開始するに際して、陪審審理をするまでもない事件を省くため、検察官が裁判官に「一応の証明」を提出すべきことを義務づけられていることからくる。

我が国では被告人に立証の負担を要求すべき場合に、利益原則ないし無罪の推定原則との抵触を避けつつ、訴訟の当事者主義化を図れるため、この観念を導入しようとする動きがある。