【74】悪性(余罪)立証、類似事実による立証

悪性立証 被告人の悪性格(前科、余罪を含む)の立証によって、具体的に起訴された被告人の犯行を認定すること。
    悪性格(余罪)立証禁止の原則
人の前科等の悪性格の立証によって、被告人の犯行を認定することができるか。

事実の認定は証拠によらなければならない(317条:証拠裁判主義)が、ここにいう証拠とは、適式な証拠調べを経た、証拠能力のある証拠をいうと解される。よって、悪性格の立証が証拠能力を有するか否かが問題となる。

証拠能力とは、犯罪事実認定の資料とするため、公判廷での取調が許されるための要件をいい、それは(1)自然的関連性、(2)法律的関連性、(3)証拠禁止に触れないこと、をいう。

(1)証拠は犯罪事実の認定の資料であるため、犯罪事実の証明に直接・間接に役に立つものでなければならない。

したがって、悪性格の立証が、その証明にほとんど役に立たないとすれば、証拠がその要証事実に対して、必要最低限度の証明力を有していなければならないとする自然的関連性の要件を欠くとして証拠能力が否定されるとするべきである。

例えば、全く異なる種類の前科などについては自然的関連性を欠くといえる。

(2)では、同種前科であれば、証拠能力は認められるか。

仮に証拠が自然的関連性を有していても、それが裁判官の証拠力の評価を誤らせるおそれがある場合には、証拠能力が否定される。これを法律的関連性といい、その関連性の要否は要証事実との関連から政策的見地から、相対的・多元的に判断される(多元的許容性のルール)。

悪性格の立証は、たとえ要証事実と自然的関連性があるとしても、裁判官に不当な偏見等をもたらしやすく、その判断を誤らせるおそれがある。

また、要証事実の範囲を超えた事実を争うこととなるから被告側の防御を困難にし不意打ちの危険が大きい。

そこで、原則として、その立証には証拠能力は与えられないと解するべきである(判例同旨)。

    同原則の合理的例外
しかし、前科などの悪性格を一切事実認定に用いることができないとすれば、証拠が制限されて立証が困難となり、実体的真実の発見の要請(1条)に反することとなる。

そこで、要証事実と悪性格の立証が合理的関連性を有する場合には、政策的に一定の例外を認めるべきである。

まず、第一に、前科前歴が構成要件要素となっている場合には、当然例外が認められるべきである。

次に、特殊な手口・方法による同種犯罪について、犯人と被告人の同一性を結びつける証拠として認めるべきである。

犯罪の手口が似通っていることは、犯人と被告人を結びつける証拠として合理性が高く、誤判のおそれが少ないからである。

さらに、同種犯罪によって知情、故意、動機、計画などの主観的要素を立証する場合にも、認めるべきである。

主観的要素は、被告人が否認した場合、客観的要素の立証によって推測するしかないが、この場合、証拠を限っては立証が著しく困難になるからである。

    余罪の量刑への考慮の是非
起訴されていない余罪を量刑資料とすることはできるか。

刑の量刑においては、できるだけ多くの資料を用いるべきである。したがって、余罪を単に被告人の性格、経歴、および犯罪の動機、目的方法等の情状を推知するための資料として用いることは、原則として許される渡海するべきである。

しかし、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、これがため被告人を重く処罰することは許されないと解するべきである。

なぜなら、もしこれを許せば、
(1)不告不理の原則に反し、ひいては憲法31条に反する、
(2)317条に定める証拠裁判主義に反し、かつ自白と補強証拠に関する憲法38条3項、319条2項3項の趣旨を没却することになる、
(3)その余罪について後日起訴され有罪判決が出た場合、再び刑事上の責任を問われることになり、憲法39条にも反する、があげられる。