第四編 訴訟の審理

第四章 証拠

第一節 総説

証拠
裁判所による事実認定や知識獲得の手がかりとなる資料
本証
自己に証明責任のある事実を証明するために提出する証拠。
裁判官に確信を抱かせるものであることを要する
反証
相手方が証明責任を負う事実の不存在を証明するために提出する証拠。
裁判官の確信を動揺させ、真偽不明に持ち込めば足りる
証拠の概念
証拠方法とは、取り調べの対象とする有形物
[例] 人証(証人・鑑定人・当事者)、物証(文書・検証物)

証拠資料とは、証拠方法を取り調べることにより感得された内容
[例] 証言、鑑定意見、当事者供述、文書の内容、検証の結果

証拠原因とは、事実の存否につき裁判官に確信を生じさせる原因となった証拠資料および弁論の全趣旨

証拠能力とは、一定の証拠資料を事実認定のために利用しうる資格
証拠力とは、一定の証拠資料が事実認定に役立つ程度(証拠価値)
証明と疎明
証明とは、要証事実の存在につき裁判官が確信を得た状態、あるいはかかる確信を得させようとする当事者の行為

疎明とは、裁判官が要証事実の存在が一応確からしいとの推測を得た状態、またはかかる推測を生じせしめようとする当事者の行為
厳格な証明
自由な証明
厳格な証明とは、法定された証拠調手続によって行う証明
法定手続によらずに行われる証明。
[例] 判決手続における職権調査事項。決定手続における要証事実、法規、経験則


第二節 証明の対象

証明の対象
@ 事実、A 法規、B 経験則
[根拠] 裁判は、経験則によって事実を認定し、それに法規を適用することによってなされるから
○要証事実
主要事実を指す。間接事実と補助事実は主要事実を認定するに必要な限度で証明が必要
○法規
原則として証明は不要である
裁判所は法規の存在・解釈について職務上知る責任があるから
もっとも、例外として外国の法令や、地方の条例、慣習法については証明が必要
○経験則
経験から帰納された事実に関する知識や法則
原則として、証明は不要である
通常人が知っている経験則は客観性が保障されているからである

○では、専門的知識に属する経験則はどうか。
その経験則が客観的に正しいものである以上、証明は不要のようにも思える。
そもそも、経験則が証明不要なのは、証明がなくとも裁判の公正と、それに対する信頼を害しないからである。
専門的知識に属する経験則を証明は不要としても、裁判の公正は害しないが、通常人の知らない経験則を用いることは裁判の公正に対する社会の信頼を害することになる。
よって、この場合は、証明を要すると解すべきである


第三節 証明を要しない事実

不要証事実
@ 顕著な事実(公知の事実、職務上顕著な事実)
客観性が担保されているから

A 自白された事実
弁論主義

裁判上の自白
口頭弁論期日または争点整理手続期日での、相手方の主張と一致する自己に不利益な事実の陳述(179条)
要件
@ 相手方の主張事実と一致すること
A 口頭弁論期日または争点整理手続期日における弁論としての陳述
B 自己に不利益な事実の陳述
【論点】
不利益性の判断基準
イ) 証明責任説
ロ) 敗訴可能性説

自白の可分性
ある事項に関する当事者の事実主張が複数の事実から成り立っているとき、相手方の証明責任を基準として、自白が成立する部分としない部分とに分けられること
ex.金銭授受の事実を認めつつ返還約束を否定←理由付き否認。金銭授受については自白成立
ex.金銭授受および返還約束を認めつつ、弁済の抗弁←制限付き自白
先行自白
一方当事者が自らすすんで自己に不利益な事実を陳述し、その後に相手方当事者が援用する場合
→援用がない間は自白とはならない。撤回も原則可能
◎自白の対象
原則として主要事実
○権利自白
請求の当否の判断の前提をなす法律関係についての自白

そもそも、法律判断は裁判所の専権事項であるので(「我に事実を与えよ、我は汝に法律を与えん」)、裁判所は権利自白には拘束されないのが原則である。
もっとも、すでに相手方から具体的事実が主張され、これに対して一括して認める趣旨でなされた権利自白であれば、事実に関する自白とみなすことができるので、例外的に権利自白も肯定される。
【論点】
間接事実・補助事実の自白

間接事実・補助事実についても179条の適用はあるか

そもそも179条の根拠である弁論主義は私的自治の原則に基づくものである。
そして、私的自治とは権利関係の発生・消滅・変更を当事者の意思に委ねるとする建前である。
とすれば、権利関係の発生・消滅・変更の有無を決める事実、すなわち主要事実について179条の適用がある、とすれば必要かつ十分である。

また、主要事実の存否は証拠に基づいて裁判官の自由な心証によって判断されるが、間接事実・補助事実は証拠と類似した役割を担うもので、これに179条を適用して裁判官の判断を拘束することは、自由心証主義を没却することとなってしまう(247条)

よって、間接事実・補助事実については179条の適用はないと解するべきである。
効力
[原則]
@ 裁判所に対する拘束力→不要証とされる。裁判所は自白事実を裁判の基礎として採用しなければならない
A 当事者に対する拘束力→撤回不可。禁反言の原則に基づく効力

[例外]
イ) 刑事上罰すべき他人の行為により自白した場合(338条1条5号の趣旨)
ロ) 相手方の同意がある場合
ハ) 自白が反真実で、かつ錯誤に基づく場合
←自白された事実が真実に合致しないことの証明を要する。この証明がなされれば、その自白は錯誤によるものと推定され、撤回が許される(判例)
裁判外の自白
自白事実の真実を推測させる間接事実の意義を持つにすぎない
擬制自白
当事者が口頭弁論・弁論準備手続において、相手方の主張した事実を争うことを明らかにしない場合、自白したものとみなされる(159条1項、170条6項)

→当事者が一時争わない態度をとっていても、後になって(例えば控訴審で)その事実を否認し、擬制自白の成立を妨げることができる。もっとも157条1項の場合は別である。


第四節 自由心証主義

自由心証主義
事実の認定を、裁判官が審理に現れたすべての資料に基づいて自由な判断によって形成する心証に委ねる原則(247条)
←事実認定に当たって用いるべき経験則の選択を裁判官に委ね、証拠方法や証拠力に制限を加えない原則
趣旨
社会が単純ならば、法定証拠主義も可能
しかし、社会関係が複雑化した現在、定型的な事実認定は不可能。また裁判官の能力も向上
そこで、裁判官を全面的に信頼し、事実認定をその自由な心証に委ねることとした
証拠調べの結果
当事者から申し出がなされた証拠方法について裁判所が証拠調べをなし、その結果証拠資料が得られる。
弁論の全趣旨
口頭弁論に現れた一切の資料から、証拠調べの結果を除いたものである
法は裁判所が当事者の行為自体に対する評価を事実認定の資料として用いることを認める(247条)
証拠共通の原則
裁判官は、一方当事者の主張事実を認定するために、相手方が申請した証拠資料の中にも証拠原因を求めることができることになる。自由心証主義の帰結である。
つまり、当事者からみれば、提出した証拠は有利にも不利にも使用されることになる
@証拠方法の無制限
自由心証主義は、証拠方法の内容、すなわちいかなる証拠方法を証拠調べの対象とするかについて特別な制限を加えないことを意味する

[例外]
いくつかの場合、証拠方法足りうる資格(証拠能力)を欠くとして制限される場合がある
@ 訴訟代理権の文書による証明
A 口頭弁論の方式遵守に関する証明
B 手形訴訟における証拠方法の制限
等々・・・・
→ 違法収集証拠については争いのあるところである
【論点】
違法収集証拠の証拠能力

自由心証主義から証拠方法は無制限とされるため、たとえ伝聞証拠であっても証拠能力は制限されない(判例)。
しかし、違法収集証拠については、@国民が民事訴訟に期待する公正さを損なうことになるし、A裁判所が違法行為を是認するとの誤解を与えかねない。
したがって、違法収集証拠については、原則としてその証拠能力を否定すべきである。

判例は、@その証拠が反社会的な手段を用いて、A人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法で取得されたときは、証拠適格が否定される、と解している。


A証拠力の自由評価
自由心証主義は、証拠の証明力の有無・程度も裁判官の自由な判断にゆだねることを意味する

[例外]
@ 文書の形式的証拠力に関する推定規定(228条)
←一種の法定証拠法則である。もっとも、証拠によって推定を覆しうるから、自由心証主義が完全に排除されたわけではない

A 証明妨害があった場合(208条、224条、229条4項、232条)
←公平の原則による。もっとも、常にそのものに不利な認定をしなければならないわけではないから、自由心証主義を完全に排除したものではない
損害額の認定
損害賠償請求をする場合、損害額の立証が困難な場合がある。
この場合、立証責任を果たしていないとして請求を棄却するのは当事者の公平に反する。

そこで、法は、損害の性質上、損害額の立証がきわめて困難な場合には、裁判所は、確信に達していない場合であっても、相当な損害額を認定できる(248条)と定めた
証拠契約
証拠方法を一定のものに限定する契約
[例] 自白契約(裁判外の合意と異なり訴訟上の効果発生を目的とする)、仲裁鑑定契約、証拠制限契約(証拠能力が否定される)等々

もっとも、すでに取り調べの対象となった証拠方法を提出されなかったのものにするなどの合意は、自由心証を侵害するので、その効力は認められない。


第五節 証明責任

(客観的)証明責任
ある事実が真偽不明の場合に、その事実を要件とした自己に有利な法律効果の発生が認められなくなる一方当事者が負う不利益
趣旨
裁判拒否の防止
対象
主要事実
主観的証明責任
客観的証明責任を負う当事者は、勝訴するためには、証明責任を負う事実を証明しなければならないこと(行為責任)
【論点】
証明責任の分配基準は

一定の法律効果を主張する者が、その効果の発生を基礎づける適用法条の要件事実につき証明責任を負うとする法律要件分類説が妥当である。
けだし、民事訴訟の対象は、実体法上の権利義務に関する紛争であり、自他地方上の規定を基準とすべきであるし、またそれにより証明責任の分配が明確となるからである。

とすれば
@ 権利を根拠づける要件事実 → 権利を集中する者に証明責任あり
A 権利の発生を障害する要件事実 → 権利を争う者に証明責任あり
B 権利を消滅させる要件事実 → 権利を争う者に証明責任あり

証明責任の転換
通常の証明責任の配分とは別に、明文で相手方当事者に反対事実についての証明責任を負担させること
法律上の推定
経験則が法規化され、法規の適用という形で行われるもの。

@ 法律上の事実推定
「A事実(前提事実)あるときはB事実(推定事実)あると推定する」と規定され、推定事実が他の要件事実となっている場合
(例・・・民法186条2項「前後両時において占有をなしたる証拠あるときはその間継続したるものと推定す」)

A 法律上の権利推定
「A事実(前提事実)あるときはB権利あると推定する」と規定されている場合
(例・・・民法188条「占有者が占有物の上に行使する権利はこれを適法に有するものと推定す」)
暫定真実
前提事実の証明さえ要求しないで、無条件に一定の事実を推定することによって、ある規定の要件事実の証明責任を相手方に転換する法技術
←前提事実を本文に、推定事実不存在を但書に代替する働きをする
(例・・・民法162条1項「20年間の所有の意思・平穏・公然の推定」と186条1項「所有の意思・善意・平穏・公然の推定)
間接反証
ある主要事実について証明責任を負う者が、これを推認させるに十分な間接事実を一応証明した場合に、相手方が右の間接事実とは別個の、しかもこれと両立しうる間接事実を本証の程度に立証することによって主要事実の推認を妨げる立証活動
表見証明
証拠や間接事実による主要事実についての心証形成にあたって、経験則上高度の蓋然性をもって主要事実の存在を示しているといえる場合には、特段の事情がなき限り、主要事実につき一気に概括的に心証に達したものとみることができること
疫学的証明
ことに公害訴訟において、原告側の集団的な原因不明の被害の発生と発生源との間の因果関係の立証のために、原因不明の疾病の集団発生にあたって、その防疫措置のための原因解明のために仮定した原因と発病の因果関係の蓋然性を証明すること
模索的証明
証明責任を負う者が、事実経過の詳細を知り得ない場合に、ある程度一般的・抽象的な申立を許して、証拠調べ手続の中で新たな、また確実な主張・立証の材料を得る途を開こうとする証明


第六節 証拠調べの手続

集中証拠調べ
証人および当事者本人の尋問は、できる限り、争点及び証拠の整理が終了した後に集中して行われなければならない(182条)
◎証拠方法
○人証
人が証拠方法となっている場合→[例]「証人」、「鑑定人」、「当事者本人」
○物証
物が証拠方法となっている場合→[例]「文書」、「検証物」
○証人尋問
第三者をその経験した事実について尋問し、それを証拠資料とする証拠調べ
○当事者尋問
当事者をその経験した事実について尋問し、それを証拠資料とする証拠調べ
(改正により、当事者尋問の補充性が緩和された)
○鑑定
特別の学識経験を有する者にその専門的知識を利用した判断を報告させる証拠調べ(212条以下)
○書証
文書を閲読し、それに記載された意味内容を証拠資料とする証拠調べ(219条以下)
書証の申立方法
@ 自ら提出(219条前段)
A 文書提出命令の申立(219条後段)
B 文書添付の嘱託(226条)
文書の証拠力
@ 形式的証拠力
文書の記載内容が、挙証者の主張する特定人の思想の表現であると認められること
A 実質的証拠力
特定人の思想の表現としての文書の記載内容が、要証事実の証明に役立つ効果
準文書
図画、写真、録音テープ、ビデオテープ等の証拠調べにつき、書証の規定が準用される(231条)

なお、コンピュータ用記憶媒体(磁気テープ、光ディスク等)は、準文書に加えられていない
←その記憶内容を証拠資料とするにはプリントアウトされた文書を提出すれば足りるから
文書提出命令
相手方当事者または第三者の所持する文書は、その者が提出義務を負う場合は、その者に対する文書提出命令を申し立てることにより書証の申出を行う(219条)
改正点
@ 文書特定手続(222条1項)、イン・カメラ手続(223条3項)の新設
A 一部提出命令の明記(223条1項)
B 文書提出義務の一般義務化
C 文書不提出の効果を強化
文書提出義務
@ 引用文所(220条1号)
A 引渡・閲覧請求権のある文書(220条2号)
B 利益文書・法律関係文書(220条3号)
C 次のイロハの場合を除き、文書提出義務を一般義務とした(もっとも、公務文書は除外)
(イ) 文書所持者等に証言拒否権が認められる事項の記載された文書
(ロ) 医師等の職務上の守秘義務事項や技術または職業上の秘密事項で黙秘の義務が免除されていないものが記載された文書
(ハ) もっぱら文書の所持者の利用に供するための文書
【論点】
「利益文書」「法律関係文書」の範囲は。公害・医療過誤等の現代型訴訟で問題となる

「利益文書」とは、挙証者の後日の証拠とするために作成されたもので、作成時点に利益主体が特定しているもの。
「法律関係文書」とは、挙証者と文書所持者との間に成立する法律関係それ自体を記載した文書

しかし、公害・医療過誤等の現代型訴訟では証拠が偏在しているため、これをそのまま適用しては、証拠の範囲が限られてしまい、原告に著しく不利となる。

そこで、被害者保護の見地から、文書提出義務の範囲を広げるべきである。
具体的には、「利益文書」には、間接的に挙証者の利益になる文書も含まれると解するべきである。
また「法律関係文書」には、挙証者・所持人間の法律関係に関連する事項を記載した文書であれば足りると解するべきである。
不提出の効果
(ア) 申立人が記載内容を具体的に主張できる場合
→裁判所は「当該文書の記載に関する相手方(申立人)の主張」を真実と認め得る(224条1項2項)
(イ) 申立人が当該文書の記載につき具体的な主張をすること、および他の代替的な証拠により証明することが著しく困難な場合
→裁判所は「その事実」(証明主題自体)に関する申立人の主張を真実と認め得る(224条3項)
○検証
裁判官がその五感の作用によって対象物の性状を検査し、証拠資料とする証拠調べ(232条以下)
証拠保全
本来の証拠調べを行う時期の前に証拠調べをしてその結果を保存する手続(234条以下)