第二編 訴訟の主体

第一章 裁判所

第一節 管轄


管轄 各裁判所間の事件分担の定めをいう 

裁判権がわが国の裁判所が審判を行えるか否かの問題であるのに対し、管轄は裁判権の存在を前提として、わが国のいずれの裁判所が裁判権を行えるかの問題にかかわる。

◎法定管轄 裁判権の合理的分担の観点から、法が定める管轄。その目的により以下の区分がある。 

職分管轄(専属管轄) 
事物管轄(原則:任意管轄) 
土地管轄(原則:任意管轄)

・職分管轄 裁判権の作用をどの裁判所に分担させるかの定め(判決手続きは受訴裁判所、執行手続は執行裁判所というように分担される。審級管轄もその一種)。 
裁判権の合理的分担という公益目的による管轄だから、当事者の意思による変更を許さない専属管轄である。
・事物管轄 第一審訴訟事件の同一地域を管轄する簡裁と地裁との間での事件分担の定め。 
裁判所法33条1項は、原則として訴額90万円を以上を地裁、それ未満を簡裁と定めている。もっとも、事物管轄は原則として任意管轄であり、当事者の合意(11条)や被告の応訴(12条)などにより変更されうる。
・土地管轄 所在地を異にする同種裁判所間での事件分担の定め 
土地管轄は、当事者の(特に被告の)利益に大きな影響を与える。そこで、土地管轄は原則として任意管轄とされている。
*裁判籍 土地管轄は、その管轄区域内に裁判籍が存在する裁判所に認められる。 
裁判籍とは、当該事件を特定の裁判所の管轄として人的・物的に結びつける関連地点をいう。つまり、土地管轄の発生原因である。普通裁判籍と特別裁判籍とがある。
【原則】 (1)普通裁判籍 
被告になると管轄権を発生させる原因となる被告の生活の根拠地(4条)
【例外】 (2)特別裁判籍 
種類・内容において限定された事件について認められる裁判籍 

@独立裁判籍 
ある種類・内容の事件につき認められる裁判籍(5条、6条) 

○義務履行地(金銭債権なら債権者たる原告の住所地。債務者は履行地において履行の提供をしなければならないのだから、不公平にあたらないという趣旨) 
○不法行為地(証拠資料の収集の便宜、原告(被害者)の保護) 
○不動産所在地(引渡や登記の訴え。不動産の売買代金や賃料の訴えなどは含まないことに注意) 

A関連裁判籍 
他の事件との関連から、その事件には本来管轄権のない裁判所に管轄権が認められる場合(7条、47条、145条、146条) 

7条は併合請求の裁判籍を定める。数個の請求を一つの訴えで行う場合。 
原告・被告の双方の便宜、訴訟経済上の観点から請求を併合して一挙に解決。

◎合意管轄 当事者の合意により法定の管轄裁判所と異なる裁判所を選定することによって生じる管轄( 
11条)。土地管轄や事物管轄は当事者の意思を尊重すべきだから
◇趣旨 土地管轄や事物管轄は当事者の意思を尊重すべきだから
◇要件 @第一審裁判所(11条1項) 
A一定の法律関係に基づく訴えに関すること(11条2項) 
B書面によること(11条2項) 
C専属管轄の定めがないこと(13条)←公益的見地が優先される
【論点】  契約書に管轄地がAであるという記載があった場合、被告の住所地を管轄とすることは許されるか。管轄の合意が専属的合意か付加的合意か不明であるため問題となる。 
 専属的合意とは、特定の裁判所だけを管轄裁判所として法定管轄を排除する合意をいい、付加的合意とは法定管轄のほかにさらに管轄裁判所を付け加える合意をいう。 
 そして、管轄の合意があった場合は、原則として専属的合意であると解するべきである。ある裁判所を管轄裁判所と定めている以上、専属的合意と解するのが通常の当事者の意思だからである。 
 もっとも、附合契約の一部として合意されている場合は、一般消費者には合意について選択の余地がなく、一方的に管轄地を強いられ酷な結果となる。 
 そこで、かような場合は、付加的合意であるのが通常の当事者の意思であると解して一般消費者を保護するべきである。
◇性質 管轄の合意の存在は訴訟要件である。 

 管轄の合意の存在は職権調査事項であるが、弁論主義が妥当するので、当事者間に争いがあれば、当事者が資料を提出しない限り、裁判所は合意の存在を認定することはできない。 
 弁論主義が適用されるのは、合意管轄が当事者の合意によって発生する、当事者の利益に密接に関連するものだからである。

◇効果 合意通りの効果が生じる。もっとも合意の効果は第三者には及ばないのが原則である。
【論点】 Xは、Aより建物を賃借していたが、Aは右建物をYに譲渡した。賃貸借終了後、AはYに敷金の返還を請求したい。ところが、XはAとの間で管轄の合意をしていた。Yはこの管轄の合意に拘束されるか。 
そもそも、合意の効果は第三者には及ばないのが原則である。 
しかし、管轄の合意は、私法上の合意ではないものの一種の権利行使の条件として権利に付着した利害関係と考えられる。 
とすると、合意の効果は権利の一般承継だけでなく特定承継人にも及ぶと考えるのが妥当である。 
もっとも、Yとしてみれば予想外の不都合が生じる可能性もあるが、その場合は「遅滞をさけるための移送(17条)」や「必要的移送(19条)」によって救済し得るので問題はない。
◎応訴管轄 管轄権のない裁判所に提起された訴えに、被告が応訴することにより生じる管轄(12条)。 

合意管轄は書面を要求>明示の意思表示を要する>しかし、当事者が異議なくして応訴した場合、意思表示を認めて差し支えないので

◇要件 @第一審裁判所 
A被告が管轄違いの抗弁を提出しないこと 
B被告が本案について弁論し、または弁論準備手続において申述したこと 
◎指定管轄 管轄裁判所が裁判を行うことができず、または管轄裁判所が定まらない場合、当事者の申し立てにより、直近の上級裁判所が決定する管轄(10条)。 

管轄が不明な場合の例外処置。裁定管轄ともいう。

第二節 移送


移送 ある裁判所に生じている訴訟係属を、その裁判所の裁判により他の裁判所に移すこと
◇趣旨 管轄の存在は訴訟要件なので、管轄違いの訴えは本来却下されるのが原則
しかし、それでは原告・被告双方にとって不利益&訴訟経済上も無駄
そこで、移送がみとめられた

もっとも、管轄違いの裁判所への訴えが、必ずしもすべて移送(16条)されるというわけではない。合意管轄(11条)があったり、応訴管轄(12条)があれば、管轄違いでなくなる。
種類 @管轄違いによる移送(16条)
A著しい遅滞を避け、または当事者間の公平を図るための移送(17条)
B簡裁から地裁への裁量移送(18条)
C申立および同意に基づく必要的移送(19条)
D特別の移送(324条、325条、規則203条)
効果 移送の裁判が確定すると、訴訟は訴え提起の時点から、受訴裁判所に係属していたものとみなされる(22条3項)

甲が簡易裁判所への80万円の請求訴訟係属中、請求額が100万円であることに気づいた。甲は訴えの変更をした。この場合、裁判所はどうすべきか。

 そもそも管轄決定の時期は訴えの提起の時を基準として決定される(15条)。甲の訴えの提起時は請求額は80万円だったのだから、管轄違いではないようにも思える。
 しかし、起訴後に訴えの変更など新訴の提起により、訴訟の目的そのものに変動があれば、その時点で訴額を判定し直さなければならない。
 甲の訴えは簡易裁判所の扱える請求額を超えているのだから、簡易裁判所は判決をすることはできず(裁判所法33条1項・24条1号)、地方裁判所へ移送することとなる(16条1項)。

第三節 裁判官の除斥・忌避・回避

◇制度趣旨
具体的事件における裁判の公正とこれに対する国民の信頼を確保すべく、事件と特殊な関係にある裁判官を当該事件の職務執行から排除する制度
除斥
法定の除斥自由がある裁判官が、法律上当然に職務執行できない場合(23条)
(裁判官が、当該事件の当事者または事件と一定の関係にあるとき)
忌避
除斥事由以外に裁判官が不公正な裁判をするおそれがある場合に、当事者の申立により、裁判によって、当該裁判官が職務執行から排除される場合(24条)
両者の違い
除斥事由は法定されているので、忌避原因があれば法律上当然に排除される。除斥事由は職権で探知されなければならない。
これに対して忌避は申立によってはじめて問題とされ、忌避原因の裁判が確定してはじめて排除される。
効果
除斥・忌避の裁判の確定まで本案の訴訟手続きは原則として停止する(26条)
例外として、急速を要する訴訟行為(証拠保全など)は許される(26条但書)
【論点】
忌避の申立があったにもかかわらず訴訟手続が停止せず、後に忌避の申立に理由なしとする裁判が確定した場合、どうなるか。

そもそも、訴訟手続が停止されるのは、公正を疑われる裁判官に審理を続けさせては、忌避制度の目的を達成できないからである。
とすれば、公正を疑わせるおそれがないことが明らかになった以上、もはや瑕疵は治癒されるとも解される(百選J37)。
しかし、申立をした当事者が忌避事由があることを理由に十分な訴訟行為をなさなかった場合まで、常に瑕疵が治癒されると解するのは酷である。
そこで、かような場合は、瑕疵が治癒されず違法であると解するべきである。
【論点】
忌避原因は「裁判の公正を妨げるべき事情」とされている。これは通常人の目から見て不公正な裁判がなされるのではないかというおそれを抱かせる客観的事情を言う。
かように忌避原因は限定されていないため、忌避権が濫用されると、訴訟の引き延ばしに利用され、迅速な裁判の要請を没却してしまう。
そこで、かような場合は、刑事訴訟法24条を類推適用して、25条の適用を排除して、当該裁判官自身が申立を却下しうると解するべきである(簡易却下、百選J10)。
かように解したとしても、申立却下決定に対しては、即時抗告の余地があるので、当事者の利益を決定的に害することにならない。
【論点】
「裁判官が・・・前審の裁判に関与したこと」(23条1項6号)は除斥事由であるが、前審の準備手続に関与した場合も含むのか。「裁判に関与した」の意味が問題となる。

そもそも6号の趣旨は裁判の不公正のおそれによるのではなく、不服の対象となった裁判に関与した裁判官が上級審において再び事件を審判したのでは、予断を持って審判する結果、審級制度が無意味になるからである。
とすれば、「前審」とは、直接または間接の下級審を指し、判決手続きに限らず決定手続も含む、と解するべきである。

そして、「関与した」とは、審級制度を無意味にするだけの関与であるから、裁判という国家意思の形成に関与したこと、すなわちその評決に関与したことをいうと解するべきである(百選J35)。
よって、関与が判決の準備的行為にとどまる場合は含まないと解すべきである。