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  『バングラディッシュという貧困の地で教えられたこと』  
  日本キリスト教団牧師 大木正人

 北九州の教会で牧師をしていた頃、随分とお世話になった石尾さんから、原稿のお誘いをいただきました。ういのみなさんの活躍を会報で知らされ、それによって色々と励まされたり教えられたりしている一人としては、少しでも感謝の気持ちをお伝えしたいと思い、その時は喜んでお引き受けしました。けれども、我が身を振り返ると、ういのみなさんの活動に見合うような事を自分自身は何もしていないことに気づき、日ごとに臆する気持ちがわいてきて原稿が遅れてしまいました。大変御迷惑をおかけしてしまいました。とはいえいつまでもぐずぐずしているわけにはいきません。とりあえず、今、僕が考えていることを書かせて頂こうと思います。

 実はすぐる8月の2週間、アジアキリスト教教育基金(略称ACEF)という日本のNGO団体が主催するスタディツアーに、今、僕が勤めている高校の生徒二人と一緒に参加してバングラディッシュに行きました。総勢20人のツアーの主目的はACEFが支援しているバングラディッシュのベーシックディベロップメントパートナー(BDP)というNGOの活動現場に触れることでした。具体的には、BDPが設置している小さな非公認の学校などの見学を通して、アジア最貧国の一つといわれるバングラディッシュから学ぶことでした。ちなみにACEFではこの学校のことを「寺子屋」と呼んでいます。BDPは行政が学校を置かない辺境に、地域の人たちと共同で「寺子屋」を立てて、初等教育や職業教育を行っています。また、「寺子屋」の教師には特に地元の女性を抜擢して運営することで、女性の活動の場をも広く提供していこうとしています。バングラディッシュの女性の平均余命はつい最近まで男性よりも短いという世界でも珍しい数字がありました。それほどに女性が置かれた状況は様々な面で厳しいものがあるのですが、その中でのBDPのチャレンジです。
 ツアーの日々を通して、見たこと聞いたことのすべては驚きと感動の連続でした。バングラディッシュの識字率は少し前の統計では25%です。義務教育は五年間ですが、無事その期間を終了できる子どもの数は非常に少ないのが現実です。仮に小学校に100人の子どもが入ったとして、高校まで終了できるのはその内わずかに4〜5名です。この間、実に多くの子どもたちが貧しさのために学ぶ機会が奪われていきます。勿論、学校に行って勉強するだけが全てではないのかも知れませんが、それにしてもこの数字は考えさせられました。貧しさとは選択肢のなさをいうのだと、ある人は言いました。確かにそうだと思います。だから、選択肢の幅を少しでも拡げて、一人一人の可能性の豊かさを活かせるようにして行くためには、学ぶ機会も与えられなくてはなりません。そのために今僕たちができること、なすべきことは一体なんだろうかと考えさせられました。
 翻って見るとき、今、僕たちの国には、学ぶ事への倦怠や学校という場所への息苦しさがあります。それはもしかしたら、学ぶことが、知ることの喜びや、様々な囚われからの解放の出来事と繋がっていないと感じられているからなのかも知れません。バングラディッシュで出会った、BDPの寺子屋に学ぶ子どもたちは、粗雑な紙でできた、くたびれた教科書やノートに熱心に向かい合って文字を書き、声を出していました。そこにあったのは、管理や統制とは別な、教える者も教えられる者も共に学ぶことからほとばしり出る活気と情熱でした。「貧しい」という言葉で乱暴に括られる事の多い、かの地の人々から、僕たちが教えられることは実に多いのです。今、キリスト教主義の学校で牧師をしている者として、アジア、キリスト教、教育、基金(経済)について考えることは、とても大切な主題であるのだとあらためて気づかされました。
 喜びに満ちた解放の教育に携わるういのみなさんのさらなる活躍をお祈りいたします。

 
     
     

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