当園建設前から「絵を飾れる施設を建設したい」という夢をようやく実現することができました。

空間に一枚の絵が飾ってあるだけで華やかになり、心豊かになりまた落ち着いたりするものです。

身近に足を運べる美術館でもあればいいのですが、残念ながらこの近辺にはありません。

もちろん本物はありませんが、せめて保育園にいる間に世界的名画に触れる機会があればと思っています。 

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 ローランサン、横尾忠則、ゴッホ、ダリ、セザンヌを追加しています

Collection since 2005
作家 作品 サムネイル コメント
マリー・ローランサン
(1883-1956)
バラを持つ女
(サイン入りリトグラフ)
夢見がちな少女時代ののちに画家を志すようになり、当時の先進的なジョルジュ・ブラックと出会いキュビズムの影響を受ける。彼らのたまり場だったアトリエ兼用の古いアパート、通称「洗濯船」で、ピカソやアポリネールらとの伝説的な青春時代を送るうちに、「淡い色調と簡潔なフォルムによる憂いをたたえた詩的な女性像」という独自の画風を作り上げる。30歳になるころには有望な新進画家として世に知られ、当時、パリに各国から集って「エコール・ド・パリ(パリ派)」と呼ばれた多くの芸術家たちの中でも、重要な一角を占めるようになる。 ところが、31歳の結婚直後に始まった第一次世界大戦のため、その後7年間に及ぶ亡命生活を強いらる。愛する故郷や親しい友人たちとも離れたこの間の作品は、どれも痛いような孤独にあふれている。作品は油彩ですが水彩と見間違うような軽やかな透明感のある描き方をされています。
横尾忠則
(1936−)
うろつき夜太W
(サイン入りシルクスクリーン)
言わずとしれた日本を代表する画家。神戸新聞社にグラフィックデザイナーとして活動後、独立。1970年ニューヨーク近代美術館でピカソを観て衝撃を受けその後画家宣言。以後パリ、サンパウロ、バングラディッシュ、ベネチアの各ビエンナーレに招待出品。絵画、版画の他、立体作品、ビデオ、デジタルアートなど幅広く制作を展開している。ニューヨーク近代美術館、東京国立 近代美術館他内外80の美術館に作品が収蔵されている。最初に横尾作品を見たのが高校の頃、ビートルズを描いたポスターに感動したのを覚えている。その作品を何とか手に入れようとしたのだが未だに入手できない。この作品は「絵草子 うろつき夜太」(柴田連三郎作)の絵で、日本を代表するアーティストの作品が欲しくて購入したもの。
アンリ・ファンタン・
ラトゥール(1836-1904)
籠の花
(油彩:模写)
 フランスの画家。 1836年グルノーブルに生まれる。イタリア系で風景画家であった父から絵を学び(1846?)、ルーブル美術館で数多くの模写をおこなった。その後マネと出会い印象派画家たちが集うカフェ「ゲルボワ」に通うようになる。多くの画家や文化人を親交を結んだ。1861年サロンに初めて入選。肖像画、静物画の作品で知られ、特に花の絵は高く評価された。「薔薇を描かせたら右に出るものはない」と評され、現在も世界中の薔薇愛好家に好まれているオールドローズの「ファンタン・ラトゥール」という品種は彼の描いた薔薇を模して新しく作られた品種で、彼に因んで名前が付けられたそうです。このエピソードを皆さんに伝えたくて彼の作品を模写してもらいました。玄関に飾ったときは時じっくりご覧下さい。素晴らしい出来映えです。
パブロ・ピカソ
(1881-1973)
母と子
(ポスター)
 美術教師をしていた父の元、幼少時代から絵画に非凡な才能を示す。 絵画以外にも版画・彫刻・陶芸にも才能を発揮し、エネルギッシュな活動を続け、数万点もの作品を残した。 ピカソのLove&Peaceが、ダイレクトに伝わってくる母と子の美しい愛情溢れる絵です。 とても人気のある作品のようで、ようやく手に入れることができました。 母子の表情に見入ってしまいます。
女の頭部
マリー・テレーズ

(ポスター)
 これもマグリットの絵に匹敵するくらい大きな絵です。 ネットでも見掛けたことがない珍しいもの。仙台私立美術館が休館になる前に購入したもの。 いかにもピカソ!という絵。 女性の優しい表情がいつもランチルームで微笑んでいるような気がします。
ドリーム
(ポスター)
 1932年作。ピカソは長い生涯において何人もの女性を愛し、新しい恋をするたびに彼の芸術は進歩した。この作品のモデル、マリー・テレーズは1932年にはピカソの絵画、デッサンそして彫刻のモデルのほとんどを独占していた。ピカソの主題の最も華麗な時代を築かせた女性である。 ピカソを輝かしめた偉大なる女性だったんですね。 上の「女の頭部」と同じモデルだったとは全く知りませんでした・・・
トレンツ・リャド
(1946-1993)
花畑
(シルクスクリーン)
 “現代の印象派”と称され、光と影の完璧なハーモニーを描くスペインが生んだ天才画家.。光と影を自由に操り、<現代印象派の旗手>・<ベラスケスの再来>と称された天才。園舎を設計するとき、最初に玄関にこの絵を飾ると決めて設計しました。 ゆえに落成半年以上前に購入していた絵です。 玄関正面の飾り棚はこの絵のためにサイズを合わせて作ったようなものです。 イメージ通りの建物ができこの絵を飾った時の感激は忘れられない感激でした。リャドにはまった最初の絵でもあります(^^; 華やかな絵でしょ!
湖の夜明け
(シルクスクリーン)
 とても爽やかで清々しい朝の絵です。 この絵の持つ爽やかさがランチルームにマッチすると思い購入しました。 大理石の暖炉の上に飾ると子どもの施設であることを忘れてしまう雰囲気を持っています。 
エルベストン
(シルクスクリーン)
 湖の夜明けとは違った静けさと透明感のある絵です。 現代の印象派と言われたリャドに魅せられて買った絵です。 応接室などに飾ると部屋が落ち着いて大人の雰囲気に変わります。 
 リビエラ公園
(ポスター)
 「現代の印象派」を彷彿させる見事な光と影のコントラストだと思います。花と緑が眩しい美しい公園の風景・・・行ってみたい気持ちになります。 新緑の5月から梅雨の季節になっていきます。 登園して玄関の扉を開けたときこの絵を見て、爽やかな雰囲気を感じていただければ幸いです。
ロバート・バリー Hoped For....
(ポスター)
一目見ると写真かと見間違うようなリアルな一枚。 大きな木と赤い葉が光に照らされて静かな優しい気持ちにさせてくれます。 華やかな雰囲気が新年にぴったりと思い玄関に飾っています。 この作品については、1981年にニューヨークのレオ・カステリギャラリーにてリチャードヘインズのデザインのもとに作られた絵で、これ以外のことは全く分からない謎の作家。
パウル・クレー
(1879−1940)
金色の魚
(ポスター)
カンディンスキーらの結成した“青騎士”に参加し、ドイツ表現主義で活躍した作家。真ん中に一匹だけ大きく描かれた金色の魚が印象的な絵です。 子どもは動物が好きですから、この作品は興味を持って見ているようです。金色の魚、まさに風水を地で行くような絵! 金運アップですね。
ルネ・マグリット
(1898−1967)
Le seize septembre
(ポスター)
 彼の作品は日常の身近なものを取り上げ、それに独特の手法を加えることによって観る者を新しい意味を持ったイマジネーションの世界へと導きます。 当園にあるアートポスターの中で一番大きな作品で、 マグリットの不思議な絵の中で何か引かれるモノがあって買った一枚です。
Le blanc-seing
(ポスター)
マグリット自身の言葉によれば、自分の絵は「目に見える思考」であり、世界が本来持っている神秘(不思議)を描かれたイメージとして提示したものである「イメージの魔術師」と称され、絵の前の立つと人の目を惑わせ、考えさせられる。この絵も普通に森の中で馬に乗った人がいる風景のようだが、よく見るとあり得ない風景。それが彼の意図したところなのでしょう。それを子供が見てどう判断するか見てみたいと思います。
グスタフ・クリムト
(1862-1918)
フラワー・ガーデン
“エロス”と“死”を敏感にとらえ、甘美で妖艶な表現で19世紀末のウィーンに芸術の新しい波をつくりだした。金箔を用いた装飾的絵画も有名で、その絢爛さは見るものを虜にする。 クリムトの絵は妖艶な大人のイメージなのですが、こんな可愛い花の絵を見つけたので早速購入しました。 これは職員から「かわいい!」と大好評を博した絵。 特殊な技法で再現されていて、絵の具の立体感やタッチがわかります。
母と子
1890〜1900年代にヨーロッパ全土に広まったアールヌーボー(新芸術)は広く日本の芸術が影響を与えていた。クリムトもその一人で、日本の浮世絵や版画、美術工芸品を好んで収集し、自身の作品のモチーフにしている。 彼の作品の中には唐草模様、家紋、鎧甲など日本の影響を受けた名残が数多く見られる。 かの有名なガラス作家のガレの作品も日本芸術から多大な影響を受けている。 この作品にも東洋的な趣が感じられ、ピカソの「母と子」とは違った情愛が表現されている。そのように作品を見ていくと非常に面白く、見方も変わって興味深い。 
クロード・モネ
(1840-1926)
印象、日の出
 (ポスター)
1874年、パリのキャプシーヌ通りのアトリエで、バージル、シスレー、ルノワールらとの合同展が開かれた。この時、題名を求められたモネが“印象とつけよう”と言ったことでこの題名となった。また、この作品に由来してこの合同展も“印象派展”と名づけられた。朱い太陽だけが、朝霧の海の景色の中でとても印象的。 「印象派」を語る上で絶対欠かせない一枚 
不明
(ポスター)
これも仙台私立美術館所蔵のもの。購入する時も作品名が判らず、美術館に直接尋ね調べてもらっても判らなかった作品。 モネの絵は花や野山の風景という印象だったのですが、これを見つけたときは即購入!って感じでした。印象派バカの私にはたまらない貴重な逸品。一時期海をずっと描いていた時期があったそうで、この絵は穏やかな海と岸壁の荒々しさが表現された好きな絵の1つです
睡蓮
(ポスター)
言わずと知れたモネの有名な作品。1890年、モネはそれまで借りていたパリ近郊ジヴェルニーの家を、その果樹園ごと買い取った。1893年には更に土地を購入してそこに水を引き、大きな池を掘らせて何種類もの睡蓮が植えられた。池の一方には日本風の太鼓橋が架けられ、その上にはゆったりとした弧を描く柳棚が設けられた。この、日本庭園をイメージした理想の風景の中で、1899年以降モネは集中的に庭の池と花を描き始める。 クリムトもモネも日本に影響を受けた作家だったんですね。日本人として古き良き日本文化・芸術を見直さなければいけません!
サンタドレスのテラス
(油彩:模写)
これも「夜のカフエテラス」同様実物大の油彩模写。1867年、モネ26歳の時の作品。 まだ印象派を名乗っていない時代の若き日のモネの作品です。描かれているのは、モネの父親、叔母、いとこたちです。 夏の午後、ゆっくりと流れる時間を日当たりの良い海辺のテラスで親族と過ごしている様子でしょうか。 婦人の日傘の白さと地面の影が日差しの強さを表現しているように思います。ほぼ同年代のセザンヌはそんなモネをこう評している。「モネは一つの目にすぎない。しかし、何というすばらしい目だろう」と。 晩年のモネに代表される睡蓮や日傘の女はよく目にすると思いますが、若い頃の作品はあまり見たことがありませんでした。 そんな意味でもこの作品に興味を持ち描いてもらうことにしました。 額装に3週間かかりようやくやってきました。 額装を含めたサイズは1600×1000とても大きく見応えのある絵です。 本物は、世界四大美術館のひとつ、ニューヨークメトロポリタン美術館にあります。
ピエール・オギュスト・
ルノワール
(1841-1919)
レースの帽子の少女
(シルクスクリーン)
19世紀の終わりにフランスで生まれた印象派は、それまでの絵画の歴史を一変させ、光にあふれる明るい画面を創出していきました。その代表が、モネとルノワールです。モネは精緻な自然観察に基づき、自然を光と色彩に分解し、還元する技法を創案しました。これは点描法の発展を促すとともに、ピサロ、スーラ、シニャックたちに大きな影響を与えました。一方、ルノワールはモネとは対称的に、光と色彩を総合する技法によって、独特な柔らかさをもつ人体を描くことに成功しました。豊穣で多様な人体をみごとに表現し、人間存在の奥深さを形にしたのです。このような制作姿勢は、ロートレック、ボナール、ヴュイヤールなどへと受け継がれていきます。 この作品も福岡市美術館の印象派展に出展されポスターにもなっています。 
舟遊び
(油彩:模写)
初期の絵は、コロー、ドラクロワ、クールベの影響を受けていますが、モネ、シスレーらと知り合い、印象主義運動に携わるようになる。1880年代前半一時古典に還り、後半ふたたび印象主義の技法を使うという模索試行ののち、明るく鮮やかな色彩感にあふれた独自の色彩表現作品を制作し始める。1892年デュラン・リュエル画廊で開かれたルノワール大展覧会が大成功をおさめ、画家として評価されるようになる。ルノワールは「風景画ならその中を散歩したくなるような、女性像ならおっぱいやお尻に手をやりたくなるような画が好きで、常に美しい果実のような存在を描くことが私の願い」だと言っています。そして彼の絵に多く見られる金持ちのお嬢さんの絵、髪が長く当時としてはオーダーメイドの高価な服を身にまとって描かれています。この絵も縁を枠取るモチーフがない構図や切れ切れの筆づかいに、印象派の特徴が表れています。セーヌで船遊びをするお嬢様を描いた最も美しい絵の一つと言われています。
ヨハネス・フェルメール
(1632-1675)
青いターバンの少女(真珠の耳飾りの少女)
(シルクスクリーン)
1665-66頃の作品。現在、フェルメールの作品のなかで最も有名なものの一つ。フェルメールは1632年にデン・ハーグ近郊の古都デルフトで生まれ、1675年に亡くなるまで生涯をこの地で過ごしました。19世紀に専門家によって見直されるまで、歴史の塵の中に埋もれていたフェルメールですが、今日ではオランダを代表する絵画の巨匠として、その名を不動のものにしています。端的に「静謐な空間」と表現されるその作品は、完璧な静けさと平和な空気に満ち、優しい光が全体を覆っています。またさりげない日常のひとこまを描きつつも、どこかミステリアスで、崇高なイメージを伝えています。精神的な癒しを求める多くの現代人に訴えかけるためか、近年フェルメール人気は日本を含め、世界中で高まっています。 この絵も前から欲しかったもので、ようやく出会えました。 まるで生きているかのような少女の目が印象的で、神秘的にシルクスクリーンで見事に再現されています。 
アンリ・マチス
(1869-1954)
La chute d'lcare
(ポスター)
フォービズムの代表的な画家。 シンプルな構図と大胆な色使いが特徴的。 マチスの絵は裸婦が多く子どもの施設に飾ることができるという範囲で買いました。 こういうシンプルな絵が子どもに訴えるものが多いんじゃないでしょうか?
黒い背景のチューリップと牡蠣
(ポスター)
これも仙台私立美術館から。 言われなければ判らない牡蠣の表現がユニーク。 
フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890) 西洋夾竹桃
(ポスター)
パリで出会った印象派や日本の浮世絵に影響を受け、明るい色彩を求めてアルルにアトリエを構える。完全な無収入で弟の仕送りに頼って短期間で多数の作品を創作するが、精神を病み病院に収容され37才でピストル自殺した画家。 力強いタッチが好きですね。 この作品は、ポスターでも余り販売されていない珍しい作品のもの。
アルルのラングロワ橋(アルルのはね橋)
ゴッホの苦しみに満ちた人生は、よく知られている。その苦しみ、あるいは醜さのあるものなどを取り上げ、情熱的で、美しさを伴う絵画を描いた。1886年、36歳のときにパリへ移り住む。弟のテオが画商をしていた関係で、ドガ、ピサロ、スーラ、ロートレックなどとの出会いに恵まれた。彼らから印象派の技法を学んだのである。パリで印象派やジャポニズムを吸収し、色彩に関しては、独自の実験を行い、1888年、アルルへ向かった。そこから死ぬまでの2年間の作品が、最もすばらしいものであった。 この作品も誰もがどこかで観たことがあると思います。 アルルでの彼の主要なモチーフのひとつがこのはね橋でした。 造形の美しさ、浮世絵風の明確さに魅了されたのでしょう。 彼の人生の苦しみなど感じさせない、のどかな風景と爽やかな水色が素敵な作品だと思います。
夜のカフェテラス
(油彩:模写)
とうとうやってきました。原寸大模写・油絵のゴッホ!プロの画家に注文して2月余り、ようやく額装も完成しました。 某国内液晶TVの最大手メーカーのCMでも使われています。 この絵は何と言っても夜空の濃い青とカフェテラスの黄色のコントラストが美しい作品ですね。 どこかで聞いたことがあるんですが、この色の合わせ方は日本人に好まれる配色だそうです。 実際、額装屋さんに出したとき、青の色が良く出て美しく丁寧に描いてあると好評価でした。  この絵は、1888年9月に描かれたものでクレラー・ミュラー美術館にあります。この絵の描かれた場所は、アルルのローヌ河のほとり、フォーラム広場にあるそうです。 このカフェは現在もそのまま存在しているとか・・・興味深いですね。
花咲くアーモンドの小枝
(油彩:模写)
どことなく日本画の梅や桜のようなこの絵。浮世絵に魅了され日本に憧れを抱いていたゴッホが、アルルの果樹園に咲いたアーモンドの花を見つけ、そこに日本のへの想いを描かせたのでしょうか。この作品はゴッホの生涯最後の作品で、最愛の弟テオに子供が産まれたことに喜びを込めてこの絵を描き贈ったものです。そしてこれはゴッホがその頃収容されていたサン・レミの精神病院で描かれています。生涯1600枚あまりの絵を描いていますが、しかし、生前に売れたのはたったの一枚。彼の生活と創作活動は、彼の無二の理解者であった弟テオの仕送りによって支えられていました。そして、この絵を描いた半年後・・・ゴッホは自らにピストルを向け、命を絶ちます、37歳でした。弟テオは、その半年後、兄の後を追うように病気で亡くなります。家族の誕生を喜び描いた一枚の絵。 そして、家族によって実現された夢。この絵は、ゴッホ家の家族の絆を物語るものとして、ファン・ゴッホ美術館の中央に飾られています。何とも悲しい物語のある絵ですが、今では「家族の絆」や「喜び」を表す絵として、お祝い事やお店の開店の時に贈られることが多いようです。春らしい爽やかな素晴らしい絵ですが、そこに秘められた人間ドラマに複雑な思いが交錯します。
オランダの花園
(複製)
春の穏やかな花畑(チューリップ?オランダ故)の風景。ゴッホは苦悩に満ちた渦巻きのような風景画も残しているが、個人的にはこのような優しい雰囲気のものが好みですね。
ジョアン・ミロ
(1893-1983)
船乗りの希望T
(ポスター)
シュルレアリズム(超現実主義)の代表的な芸術家。原色を大胆に使った独創的な抽象画で知られる画家。 凡人にはタイトルと絵がどう一致するのかさっぱり判らないんですが、これも1つの個性の表現方法として見てくれればいいと思います。 私にもさっぱり判らない世界ですが、その日の気分と勢いで鑑賞すればいいのです(^^;
サルヴァドール・ダリ
(1904-1989)
夜の蜘蛛・希望T
(ポスター)
シュルレアリズムの代表的な芸術家。時間、宗教、量子力学などをモチーフとした斬新で想像力ゆたかな作品を次々と生み出した。また、表現を通じて個性的な世界を作り出し、もうひとつの別の自己を確立しようとした。そして幼少時代の輝かしい体験や青春時代の深い感動を神話化することが多かった。 だから、幼児期や青春時代に何を見、何を感じ、どう自己を確立してきたのかということは大切なことなのです。 これもあまり目にすることのない絵です。
不思議の国のアリス
(サイン入りリトグラフ)
これは園児に洋書の「不思議の国のアリス」の飛び出す絵本を購入したのがきっかけで、タイトルが同じだったので購入したもの。ダリの絵は独創的でよく理解できず、どこが不思議の国のアリスかとよく絵を見たら、中にはフクロウやネズミや鳥などの多くの動物が描かれていた。ちゃんと見ないといけないと痛感したところです・・・ということで絵の中に何がいるか?を子ども達が自分の目で見て想像力を発揮するには良い絵ではなかと思います。
イレーヌ 水の流れに
(サイン入りシルクスクリーン)
市内の友人がやっている画廊で見つけたもの。 作家については何も知らないのだが何となく気に入ったという感じ。 水面の光の反射や川辺の草がいきいきと生命感豊かに描かれている。  画廊のHPは、http://www.d1.dion.ne.jp/~tetsu28/
ピーター・モッツ
(1934-2003)
マジョーレ湖畔
(ポスター)
彼の画風はバーグ派とラーレン派を上手く混合しながら、彼独自の技法(枠を飛び出すような画風)を確立した。彼の自然に対する愛情や優しさは、彼の庭園風景には顕著に現れている。 彼の絵はどの絵も優しい穏やかな印象を与えるものでずっとランチルームに飾っています。 厨房職員お気に入りの絵です。
ジョージア・オキーフ
(1887-1989)
青い川
(ポスター)
自然のフォルムを大胆な構図と色彩で描いた作品が注目を浴びた。ニューメキシコの荒野に移住してからはそのライフスタイルが伝説と化し、多くの人々を魅力した。 この絵も、渓谷から流れる川の水がゆっくりと雄大に流れていく様を、縦長の大胆な構図で描かれているのが気に入って買いました。
Red Amaryllis 1937
(ポスター)
アメリカを代表する女流画家であるオキーフは、70年にも及ぶ長い画歴のなかで、ほとんど風景、花、そして動物の骨だけをテーマとして描きつづけた。なかでも、牛の頭蓋骨をイコンのように威厳を込めて描いた作品群がよく知られる。 女性だったとは今回調べていて初めて知りました。  この赤いアマリリスの絵と黄色い背景に強いインパクトを受けて買ってみました。
Swanchin 夕日に染まる
(油彩)
中国の新進画家。 シンプルな構図と絵柄が気に入っています。 下のEddie同様油絵の原画です。
Eddie
(油彩)
同じく中国の新進画家。色合いや積み木のように描かれた街並みが子どもに受けるんじゃないかと思います。
児島裕子 大きな木
(油彩)
園舎落成の時、地主さんからお祝いに頂いたもの。 園児の施設に合うような明るい和やかな絵を、ということで探してこの絵を贈られたそうです。 野原の木に人や動物が集まり楽しそうに遊んでいる絵です。 そんな場所になって欲しいという願いが込められているようです。 これは、みんなが集まるホールの廊下に掛けさせてもらっています。
ジャン・ミッシェル・フォロン
(1934−2005)
No au travail force
建築を学んでいたが画家を志してフランスに渡った。当初、フランスでは評価されなかったが、作品を米国の雑誌に送ったところ、ニューヨーカー誌などで紹介され注目を集めた。水彩画やイラストのほか、彫刻やグラフィックアート、地下鉄駅の巨大壁画など幅広い分野にまたがって独自の世界を展開。日本を含む各国で作品展が開かれた。またアニメーションや映画の制作など異分野での活動も行っている。彼の作品にはそれぞれにテーマ性があり、独自のテクニックが用いられている。作品に見られる視覚的効果・ナンセンスともいえる遠近法が印象的。一目見たときそのファンタジックな世界に魅了され、子ども達に見せてやりたいと思った絵です。 残念ながら昨年2005年10月20日死亡、71歳。
Red Head
(シルクスクリーン)
ビンテージもののシルクスクリーン。 290×280の小さい絵ですが、かわいらしく子ども達が興味を持ってくれそうな絵柄だったので買ってみました。 フォロンの絵はありそうでなかなか手に入れることが難しいのでまさしく出会いの感じです。 フォロンの作品が紹介されているサイト(英語) http://www.geocities.com/SoHo/Lofts/5614/ 
アンリ・ルソー
(1844-1910)
Sleeping Gypsy, 1897
(ポスター)
フランスのラヴァル生まれ。入市税関に勤務する傍ら40歳から独学で絵を描きはじめる。素朴でリアリティのない子供のような作風が画壇から嘲笑されるが、一部でその豊かな幻想性が注目され、1908年にはピカソによって「ルソーを励ます会」が開催された。「無意識の天才」と呼ばれる。彼は丹念で克明な筆使いの持ち主です。そして、彼には画家では表現できない独自の世界観があります。それらを理解していたのは、アポリネール、ピカソなど少数だったそうです。彼は、素朴で純真、無邪気な人だったそうですよ。だから、ルソーが描く絵はファンタジーに満ち溢れているのですね。物事を始めるのには年齢は関係ない、また他人の評価など気にしなくても誰かがみてくれているんですね。きっと彼は名声など求めてはいなかったのでしょう、ひたすら好きな道を求め続けた結果この域に達したのでしょう。何か、教えられる画家です。
フリーデンスライヒ・フンデルトワッサー
(1928-2000)
クロスロード
(ポスター)
オーストリア生まれ。ウィーン幻想派の代表画家。渦巻きや流れる曲線での画面構成が特徴。彼は絵画にとどまらず、建築、哲学の分野まで、既成の概念にとらわれることなく、自由な魂の表現者として、大きな足跡を残したアーティストです。また、森の中に住み、自然と共存することの素晴らしさを、自らの生き方をもって示しました。最初に絵を見たときから気になっていたのですが、ようやく手に入れることができました。欲しい絵がたくさんあって迷いましたが、子どもになじみのある交差点?(だろうと思います)の構図のものを買ってみました。聖書装丁のための作品をポスター化したものらしく、メタル部分の上に印刷がされている大変に凝ったもの。(1995年制作) 参考までに、「フンデルトヴァッサー」とは、ドイツ語で「百の水」を意味し、彼は好んで「百水」という漢字をサインしています。親日家だったのでしょうね。 写真で見るのと実際の絵を見るのとでは大違いで開けてびっくりの作品でした。 絵に光沢があり見る角度によって虹色に変わりとても面白い絵です。 個人的にファンになってしまいました^^;
We Live in Paradise
(ポスター)
We Live in Paradise=「私たちは天国に住んでいる」とでも訳すのでしょうか。既成概念にとらわれないワッサーらしい作品です。たくさんの顔が縦や横に自由に描かれて、ポスターも縦長の137センチあって非常にインパクトのある絵だと思います。彼は生涯自然との共生を主張していました。この絵の中の顔を人と見るか動物と見るかはたまた昆虫なのかで視点の変わるところですが、絵を見ながら色々と想像して彼のメッセージを感じ取ってください。飾るところを見ていた園児は大きな顔や印象的な目に興味を惹かれて驚いていました。子ども達にはどのように写ったのでしょうか? 日本において、ワッサーの建築物で有名なのが大阪市環境事業局舞洲工場でしょう。その奇抜なデザインと建設費用(609億円)は賛否両論あるでしょうが、多くの芸術家や建築家がそうであるように、その評価は後50年や100年の時間を要するのかも知れません。しかし、ゴミ処理場をワッサーにデザインさせる大阪の心意気を買いたいですね!!人が生きていく上で必ず出すゴミと自然との共生をこの建築物でどう表現したのか?生きているうちに一度は見てみたい所です。
ノーマン・ロックウェル
(1894-1978)
サンセット
(ポスター)
アメリカを代表する偉大な画家であり、ボーイスカウト活動を精力的に描き、また1916年から40年にわたり300以上の「ザ・サタデー・イブニング・ポスト」誌の表紙を描き続けた。彼の描いた絵は、その細密な描写テクニックもさることながらテーマを選び出す手因、見る人を微笑えませるほのぼのとしたユーモアのセンスで人々の心を魅了した。古き良き祖国アメリカの人々の日常には、アメリカ社会の豊かさや、夢、悩みなど様々な情景が隠されています。 夕日に向かって寄り添う二人の子ども、何を想っているのでしょう??後ろで正面を向いている犬の呆れたような表情がまた滑稽です。
不明
(ポスター)
ロックウェルの作品にはよく動物が出てきます、犬が多いように思いますが、当時も身近な存在だったんでしょう。 この絵もペットと少年の愛情あふれる姿が微笑ましく描かれています。 その昔、職員旅行で大分の湯布院に行ったとき、ロックウェル美術館なるものがあって見学に行ったことがあります。 その当時はお土産店の2階にあってこじんまりした小さな展示室だったような記憶ですが、2004年に新築されたたようで興味のある方は一度行ってみてください、作品も随分増えているようで、原画も見られるかも知れませんヨ。
アルフレッド・シスレー (1839〜1899)
サン・マルタン運河
(油彩:模写)
初めはクールベ、ドービニーに、その後永くコローの影響を受ける。画塾でモネやルノワールと知り合って、印象派の創立に加わり、印象派の代表的画家の一人となる。1872〜80年ころの作品に秀作が多い。構図の構成感覚、空間処理の巧みさ、配色調整の技術力などがきわだつ作品を残しています。しかし地道であまり個性の強くない性格からか、次第にモネの影響を強く受けるようになり、晩年の作品では特有の個性的な画面に乱れが生じているようです。パリを本拠とする英国人実業家の末子として裕福に暮らしていた彼は、妻帯相手を認めない父親に、経済支援を止められ、普仏戦争の戦火で全財産を失ってからは、困窮生活をおくりました。名声を得たのは死後のことでした。シスレーといえばルーアン美術館のポール・マルリーの洪水」が最も有名な作品ですが、この作品の水辺ののどかな雰囲気がとても気に入っています。
ポール・セザンヌ
(1839〜1906)
リンゴとオレンジ
(油彩:模写)
南仏エクス・アン・プロヴァンスに生まれ、22歳でパリに出て、後の印象派画家たちと交わり、ピサロの影響を受ける。1880年頃から印象派を離れて、自然の形態を再構成するセザンヌ独特の画面作りが始まる。故郷に戻ってからは、静物画が増えてゆく。ルノアールやモネの推薦により、画商アンブロワーズ・ヴォラールが1895年に開いた個展が成功し、パリで認められるようになる。セザンヌは、ゴッホ、ゴーギャンとともに後期印象派と呼ばれています。切り開いた道は各々独自のものでしたが、印象派の技法を表面的なものとして、離脱していった点で一致しています。 この作品は皆さんもどこかで一度は目にしたことのある、見なれたセザンヌの静物画のなかでも晩年の傑作です平凡の中に潜む偉大さをご覧下さい。そしてこの絵を一層引き立てている額装もよく見て頂きたいと思います。当園の数ある模写の油絵の中でも最も素晴らしい額装で、ホテルのロビーに飾っても遜色ないモノです^^(額装店店主さん談)
青い花瓶
(複製)
「静物画」といえばセザンヌ!(個人的な見解ですから)そんなイメージを持っています。静物画は季節を選ばず飾っておけるので重宝します。
ジャコブ・カミーユ・ピサロ
(1830-1903)
窓から見たエラニーの風景
(我が家の窓からの眺め)

(油彩:模写)
印象派の画家のなかでは最年長者であったピサロは温厚な性格だったようで、画家仲間の信望が厚くゴッホやセザンヌらの若い世代の画家を大いに励ましていたという。生来気難しく、人付き合いの悪かったセザンヌさえもピサロを師と仰いでいたようです。ピサロは1885年頃からシニャックの影響で点描画法を試み、晩年はパリ郊外のエラニーに住み、風景だけでなく、農村を舞台にした人物画を多く描いている。モネと出会い印象派になった後も風景画を描き残す。 記憶は定かではないのですが、この「点描画法」を行ったために晩年目を悪くし、絵が描けなくなったという話を聞いたことがあります。 確かに見ようによっては色覚検査のようにもみえますから、目が悪くなったのも嘘ではないような・・・・。この絵、のどかな緑に囲まれた田園風景の中で時間がゆっくり流れているようでホッとします。 現代の忙しい子ども達をこんなところで生活させてやりたいと思ったりします。。。
マルク・シャガール
(1887-1985)
イッカサル族 
挿画本「エルサレムの窓」より
(リトグラフ)
20世紀を代表するロシア生まれのフランスの画家・版画家。“色彩の魔術師”と呼ばれる、その独創的な色使いで超現実的な幻想の世界を表現した。親近感の沸くモチーフと詩情にとんだ画風で今なお多くの人に愛されている。 彼の作品の中には、故郷の風物が追憶のようにあらわれ、人間や動物たちが空を飛び、シャガール独特の鮮烈な色彩によって永遠の愛を謳い上げたの世界を展開している。油彩のほか本の挿絵、ステンドグラス、数多くの銅版画やリトグラフも残している。自身がユダヤ人であったためナチスから多くの作品が廃棄されてしまう。その頃から聖書の言葉やキリストをモチーフにした作品が増える。過酷な運命に翻弄されながらも人間愛に満ちた独特の世界を描き、、動物、植物を題材にしてファンタジックに表現している。 私もその昔、阿蘇にあるシャガール美術館を尋ねたことがありますが、彼の生い立ちや時代背景を全く知らずにただ絵を見に行ったために、全く理解できず「何だこれ?」って思ったことを覚えています。彼の絵だけを飾ってあると「色彩の魔術師」と言われるだけあって、もの凄く目にきつい感覚と’トンでる絵’という印象だけが残ってしまったんでしょう。