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備前福岡の歴史

平成26年 NHK大河ドラマ
軍師・官兵衛 放映中
昔の福岡の様子
<昔の福岡の市の様子>


当地備前福岡は、国宝一遍聖絵の「福岡の市」の中に
描かれている地です。

当時の賑わいはその後「山陽道最大級の商都」へと発展し、
筑前福岡の源流となり県都岡山市の基礎を築いていきました。



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備前福岡の年譜

 ●1165(永万 元) 「福岡庄」の名が南都一乗記録に初見される。
 ●1208(承元 2) 後鳥羽上皇の天下の刀匠の中から選び、月番をもって太刀を鍛えられたが、
 選ばれた者の大半は福岡の刀匠であり、平安時代末から鎌倉時代中頃に
 かけてが、福岡一文字派の黄金時代であった。
 ●1278(弘安 元) 一遍上人「福岡の市」で、説法をする。
 ●1325(正中 2) 「福岡庄」東寺領となる(室町末期荘園消滅まで)。
 ●1350(観応 元) 将軍足利尊氏、その子直冬鎮定のため、大軍を引きつれ西下の途中、福岡に
 40日駐留する。
 ●1371(応安 4) 九州探題として西国に下向した今川貞世の紀行文「道ゆきぶり」に、福岡の
 繁栄ぶりが書かれている。
 ●1403(応永 10) 教意山妙興寺創建。
 ●1467(応仁 元) 〜1485(文明17)この間、赤松・浦上と山名・松田両軍により、福岡城攻防の
 合戦が3次にわたり行われた。
 ●1523(大永 3) 近江の国から福岡に移住した黒田高政は、この年、死亡したといわれ、その子
 重隆と孫職隆は2年後に福岡より播州に移り、小寺家に仕官している。
 ●1536(天文 5) 天文の始め宇喜多直家、父興家とともに福岡の豪商阿部善定方に寄宿、
 この年、興家死亡と伝えられる。
 ●1573(天正 元) 岡山城主となった宇喜多直家は、城下町作りに着手し、備前福岡の
 商人らを岡山に移住させる。
 ●1591(天正 19) 吉井川の大洪水により福岡は甚大な被害を受ける。
 ●1600(慶長 5) 筑前52万石に封ぜられた黒田長政は、居城を備前福岡を偲び福岡城
 と命名する。
 ●1642(寛永 19) 福岡が岡山藩の設定した13の在町の一つとなる。
 ●1645(正保 2) 苅屋城主池田輝興、福岡に幽居の身となる。
 ●1664(寛文 4) 福岡上道郡より邑久郡に編入される。
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