謡曲を読む(3) 鉄輪    恋しい故に怨みとなって、怨む故に恋慕はつのり

今回も去った男に対する女の愛執がテーマです。
前回の砧の妻はただ待つ女だったのですが今回捨てられた女は男への復讐を誓い、その事ゆえに女は生きながらにして鬼と化すのです。

それだけ身の毛もよだつ話です。

夫に捨てられ貴船明神に丑の刻参りをするシテに神託が下ります。

“鉄輪の三の足に火を灯し顔には丹を塗り身には赤き衣をまとい怒る心を維持すれば女の望みは叶えられるべし”

という明神のお告げを得て、女が夫への復讐実行を決意するや 黒雲沸き出で雷雨と強風あやしの気配の中で、美女と見えたシテは髪空さまの恐ろしの姿に変貌します。

夫から救いの依頼を受けた陽明師安倍晴明のノリトの前に、嵐起こり稲妻光り御幣ざわめき鬼女と化した女が現れます。

“こうべに頂く鉄輪の足の、焔の赤き鬼となって、臥したる男の枕に寄り添い、いかにつま人よ珍しや、怨めしや”

“などしも捨てははてもうらん、あら怨めしや、捨てられて、捨てられて、

思う思いの涙にむせび、人を怨み、夫をかこち、

ある時は恋しく、又は怨めしく、起きても寝ても忘れぬ思いの、

因果は今ぞと白雪の消えなん、命は今宵ぞ痛わしや“

砧同様或いは砧以上に激しく、直截的に男への怨みと未練が交錯します。

取って食うから、痛わしいとは よく言ってくれます。

恋しい故に怨みとなって、怨む故に恋慕はつのり、果てしない問い返しの中に苦しむ女は鬼に化身したのです。

“うわなりの髪を手にからまいて、打つや宇部の山の・・・・・・さて懲りよ思い知れ”と後妻を打ち据えます。

安倍晴明も負けてはおれません。男の命を取ろうと男の臥した枕に立ち寄り見れば、“恐ろしや三十番神ましまして”

逆に鬼女は“魍魎鬼神けがらわし出でよ出でよ”と責められます。

鬼女は力もたよたよと 衰えます。だが 謡曲には珍しく女は成仏できません。

まずこの度は帰るべし、又の日が無いとはおもうなよと 恐ろしげの声が今は姿無き天空に響き渡ります。

と言う事は あだし男も未来永劫救われる事は有りません。

おのおの方、ご油断めさるな!