〜レールバスとたんぽぽと〜 |
■北のレールバス
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JR「野辺地(のへじ)」駅に着く。ホームの階段を上ると、改札口とは反対方向に木製の跨線橋が伸びている。歩くとコトコト音がする。土を固めたホームに降り立 って右手を仰ぐと、防雪林を背にして小さな駅舎が建っていた。 待合室に入ると本を読んでいる若い女性が一人。ずいぶん垢抜けた都会的な感じの人だ。しばらくして、大きなカメラを肩にかけた男性も現われた。
16時21分。来た! 鉄道ファンならずとも思わず見入ってしまうであろうレールバスが、カタカタ音をたてて近づいてくる。ホームにたどり着き、10人ほどの客を降ろすと、派手な二色カラーのレールバスはブルブルとエンジンを震わせながら一服に入った。すると、例の女性が慣れた様子でさっと乗り込む。
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■尻がシビれる乗り心地
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僕も続いて中に入った。両側に長いシートがある。その一番前の端に座る。 16時43分。運転手さんがクラッチを踏み込み、ギアをガクンと入れると、レールバスはひどく震え始めた。ガガガガ…と激しい音がする。あっけにとられていると、急に勢いよく前に進みだした。 左側にJR東北本線のレールが並行している。あちらは一直線にピンと伸びて味も素っ気もないが、こちらはレールが微妙に歪んでいるようだし、レールの間にはあちこちタンポポの黄色い花が顔を覗かせている。 それにしても、エキサイティングな乗り心地だ。尻から頭に振動が突き抜け、首がカクンカクンとリズムを刻む。 車内のプレートを見ると、「昭和37年宇都宮富士重工製」とある。長年大切に使われてきたのだろうがやはり傷みは激しいようだ。 駅に止まってさあ発車というとき、カリカリと乾いた音がした。レールバスは止まったままである。運転手さんが首をかしげながらゆっくりゆっくり、感触を確かめるようにしてギアを入れ直すとようやく動き出した。豪快な走りっぷりとは裏腹に、中身はかなりデリケートなのである。 薄暗い車内にいるのは、僕と例の女性とカメラの男性、それに運転手さんと車掌さんの5人。みんなカクカク揺れている。乗ってくる客は一人もいない。人影のない駅を止まったり、通過したりして僕らは進んでいった。
「後平(うしろたい)」という駅はタンポポで埋め尽くされていた。無数の黄色い粒粒がゆらゆらと揺れている。「坪(つぼ)」の掘立て小屋のような駅舎は今にも朽ち果てんばかりで、過ぎ行く時間に押し流されまいと必死に耐えているかのように思え、胸に残った。
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■夕暮れの七戸駅
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右手に道路が現われた。国道4号線である。後からきた車がどんどんレールバスを追い抜いて行く。追い抜きざまに中の人が必ずこっちをちらりと見る。身を乗り出して白い歯を見せる子供もいる。「天間林(てんまばやし)」の踏切ではこちらに向かって手を振る母子がいた。それに応えて車掌さんも手を振る。 レールバスは再び林の中に分け入った。右に左にカーブして坂をあえぐように登る。「営農大学校前(えいのうだいがっこうまえ)」で例の若い女性がすっと立ち上がり、降りた。 17時15分、「七戸(しちのへ)」着。前を見ると、レールが切れて行き止まりになっている。草むした石積みのホームが二本あるが、主に使っているのは一本だけのようだ。 ここには他のどの駅よりも大きな駅舎があって、中に入ってみると数人の駅員さんが机に向かっている。待合室の隅にあるガラスケースには、警報機やら社旗やらがごちゃごちゃと展示してあった。売店にはポテトチップスや飴などのお菓子が置いてあるが、駅の売店というより駄菓子屋のような雰囲気だ。一緒に乗ってきたカメラ氏も、僕と同じく狭い待合室の中を忙しく動きまわっていた。 外に出ると駅前は駐車場になっていて、その先に国道4号が見える。国道の向こうには巨大な駐車場を有するスーパーもあった。
「どれ、何か腹の足しになるものでも仕入れにいくか」と思い、歩き出す。ふと振り返って見た七戸駅の駅舎は灰色にくすみ、駅というより使い古された町工場か倉庫のような、くたびれた表情を浮かべていた。
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