このコーナーは「週刊図書館」の中の一般書評、
文芸時評「まっとうな本」「本棚の隙間」の中から、おもしろかったもの、引っかかるものを取り上げて
いきます。 12/20号 言論の不自由 (「まっとうな本」最終回) 11/22号 これをもって小説は最後にすべし『憂い顔の童子』(大江健三郎) 10/25号 カフカが泣いてる『海辺のカフカ』 7/26号 「文学少女」高村薫の大いなる勘違い 7/ 5号 ルポルタージュの原点を見た 3/22号 「スター三島」からの離れ方がいい 3/ 1号 『模倣犯』は『罪と罰』の出来の悪い模倣品 2/15号 受賞作を読む 芥川賞 長島有『猛スピードで母は』 2/ 1号 『センセイの鞄』に涙するバカなオヤジたち |
2/1号 『センセイの鞄』に涙するバカなオヤジたち(「まっとうな本」”虫”著) 冒頭「近頃つくづく思う。まっとうな本がないのである。まっとうな本とは、その書き手がきちんと対象に
向かい合って、書いている本、のことだ」とある。 それほど本を読まない私でも、ここ10年くらいの文学賞の 傾向とか内容とかを新聞などで読んでうすうす感じていることである。いまや文学を志すなどという日本人の層 は、70年代以前と比べるととんでもなくうすっぺらだろう。レベルもとんでもなく低いことだろう。 そういう中で文学賞だけは確実に増えているだろうから、その受賞作もとんでもなく(とまではいかなくても) かなり質は落ちていると思われる。 この川上弘美の『センセイの鞄』は私の記憶が確かなら(不確かだが) 谷崎潤一郎賞を獲っているはずだ。谷崎潤一郎賞ってその名を冠している作家の作風のような、濃密な小説 世界を作り上げている作品に与える賞かと思っていたが、この作者に与えるということは、他に値する作品がどこにも それほどなかったということなのか、と私はそのとき感じたのだが。 論者の”虫”氏は、川上弘美の 作風、作品を徹底的に簡略化してその舞台裏をあばいている。論者はもともと川上の小説は好きだった と書く。しかし「この作家は、楽をすることを、覚え」てダメになった、と言う。私自身はまだ この評判の本を読んでいないので、ダメなのかどうかは断定できないが、この論者の嘆きがなんとなく 分かる。芥川賞を獲った『蛇を踏む』を含んだ短編集とエッセイを1冊読んだだけだが、この”虫”氏の あばいた舞台裏はまさにその通りだと思ったし、この『センセイの鞄』も読まなくてもその作風、展開が 想像できてしまう。多分、そこには結構趣味の良い言葉が並んでるだろうし、「あちゃ・・」「恥ずかしい・・」 というような表現はないだろう。だから 私も決してその作風、作品そして作者のことが嫌いではない。 作品にも関心はあるし、人間的に興味もある。しかしそうは言っても、虫氏の解説を読むとなおさら、そんな大きな賞をもらい 、書評で誉められ、いいオヤジが「涙を流す」とか「感動する」とかいうのとは違うだろう、という感じは とてもよくわかる。あまりに私の見方とぴったりだったので、川上弘美には酷な感じもするが、ある意味、気持ちよかった。 |